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 エスノグラフィ手法は文化人類学の分野で発達した学問で、ビジネス分野でどのように応用するかに決まりはない。しかし、ビジネス分野での活用が進む中で「基本形」のようなものは形成されている。まずはR&D部門の技術者も同手法を実践しているというリコーの事例を基に、その基本を学ぶ。

 図1に、同社が採用する開発フローの概要を示した。フローは大きく、「創発プロセス」と「実現プロセス」に分かれる。創発プロセスで最初に実施するのがフィールドでの観察だ。フィールドとは、そのメーカーにとって対象となる、場所や人を含む製品の使用環境全体のことで、例えばアキレスなら「小学校の運動会」、リコーなら「複写機を使用する企業のオフィス」などとなる。ここへ数人のメンバーで行き、邪魔にならないように行動を観察(シャドーイング)したり、必要に応じてインタビューを実施したりして、写真やメモに「記録」する。エスノグラフィは「エスノ(民族」と「グラフィ(記録)」から成る言葉。記録は同手法の肝になる。

図1●リコーが採用する開発フローの概要
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 その観察において、「できるだけ生々しい『顧客の今』を抽出する」ことを強く心掛けるのも同手法の特徴だ。もともと異文化を偏見のない目で分析することを目的としている。つまり、ビジネス分野では、製品のカイゼン点などを見つけ出そうとするのではなく、ありのままの顧客の事実に着目することが大切になる。

顧客の価値観を抽出

 入手した情報を基に顧客の課題を洗い出し、メーカーとして何ができるかを検討した後は、実現プロセスに入る。ここからは、文化人類学の分野ではなくビジネス分野で構築されてきた手法。このプロセスの土台となる作業が、ペルソナの設計だ。

 ペルソナは、実在する人物ではない。複数のフィールドを観察し、そこで着目した課題を抱える人物を仮想化して生み出す「架空の人物」だ。ただし架空といっても、その人となりはかなり具体的だ。身なりや家族構成、出身地はもちろん、人生で達成したいゴールなどの価値観まで設定されている。

 実は、ここまで深掘りすることこそがエスノグラフィ手法のもう1つの特徴だ。「顧客の価値観まで踏み込んで初めて、その人の真のニーズを満たすことができる」(リコー経済社会研究所研究員の伊賀聡一郎氏)のだ。その後、プロトタイピングで具現化していく過程は図の通りだが、エスノグラフィ手法では、全ての工程において常にペルソナを意識することが求められる。

技術者の「見方が変わった」

 組織的にエスノグラフィ手法を取り入れるメリットは、前述した。全員で目標を共有することでチームワークが向上し、コミュニケーションが活性化して、プロセスの進行もスムーズになる。しかし、同手法を実践する技術者が感じているメリットは、これだけではない。自身が開発した製品の使われ方を見ることで、多くの気付きがあるという。

 コニカミノルタグループには、エスノグラフィ手法を専門に手掛ける部隊がある。コニカミノルタテクノロジーセンターのイノベーション推進センター未来文化研究所だ。同社はここに技術系の人材を投入し、技術者の「観察眼」を養っている。

 もともとユーザー・インターフェースや画像処理の設計を担当していた同研究室の竹田真弓氏は、自身の見方の変化をこう話す。「これまでは『あって当然』だった機能が、もしかするとムダなのではないかと思えるようになった」。一方、画像処理技術開発の部署から同研究室に異動してきた藤原浩一氏は、こんな体験をした。「これまでは存在意義があまり明確ではなかった機能が、実はよく使われていることを知った。自分が開発に絡んだものだったので、モチベーションが上がった」。技術者自身がエスノグラフィを体験することが、技術者としてのレベルアップにもつながっているのだ。

 こうした効果は、社内の多くの技術者が実感し始めているようだ。未来文化研究所のメンバーが開催する調査結果説明会には、あらゆる領域の技術者が顧客情報を求めて集まってくるようになった(図2)。

図2●コニカミノルタグループが実践する「調査結果説明会」
観察・インタビューから得た情報を他のメンバーと共有する「調査結果説明会」。写真や付箋に書いたメモなどをボードに貼り、事実をそのまま伝えるのがポイントだ。会の参加者の出身部門はさまざま。A氏とJ氏がシステム技術の研究開発、B氏とE氏が機器の製品開発、C氏とG氏が商品企画、D氏とI氏が開発管理、F氏がデザイン、H氏が情報システム、K氏がマーケティングを担当。
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