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 2次電池の検査装置製造や受託評価を手掛ける東洋システム(本社福島県いわき市)は、東京電力の福島第一原子力発電所の事故後、原発から半径200km圏外への一斉避難に踏み切る。情報や交通手段が限られる中、全従業員とその家族を安全に避難させるための一大プロジェクトが静かに幕を開けた。

 避難を決めた時点では、原発事故が収束するメドは付いていなかった。避難するだけではなく、そこにしばらく滞在することも考慮しなければならない。同社代表取締役の庄司秀樹氏ら経営陣は、風向きや交通状況なども含めて総合的に判断した結果、横浜市や新潟市など幾つかの避難先を選定した。そして原発事故が判明した直後の2011年3月12日夜、全従業員に「避難指令」を出し、推奨する避難先や避難経路を伝えた。

避難先や避難経路を選定するために用いた日本地図
避難訓練を実施したり、各家庭に水・食料(乾パン)・マスク(一般用/医療用)を配布したりするなど危機対応に力を注いでいた東洋システムだが、さすがに原発事故は想定しておらず、急遽半径200km圏外に避難するための手段を検討した。

 庄司氏は、親の介護などがあってどうしても避難できない従業員と共にいわき市に残った。だが、その時点では、いわき市が今後どうなるかも分からなかった。いわき市の本社があらゆる情報の拠点になる現状の体制は、不安が多い。そこで、常務取締役の福島浩氏がいわき市から離れた場所に拠点を構え、遠方から避難の指揮を執ることにした。一時的に本社機能のバックアップを確保することにしたのだ。