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松下電器産業(現・パナソニック)が1998年9月に発売した,携帯 型MDプレーヤー
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 1998年9月。松下電器産業(現・パナソニック)が発売した携帯型MDプレーヤーに,世界中のエレクトロニクス技術者から大きな注目が集まった。世界で初めて,Pbフリーはんだを採用した量産家電だったためである。

 今や量販店の店頭に並ぶ多くの民生エレクトロニクス機器には,当たり前のようにPbフリーはんだが使われるようになった。Pbフリーはんだの採用自体に,もはや何の驚きも感じなくなっている。だが,そこにはPbフリー化にかかわった多くの技術者の,計り知れない労が詰まっている。何しろそれは,数千年にも及ぶ実装方法の歴史を,わずか10年余りの間に覆す作業だったのである。

 はんだ付けは,紀元前から脈々と続く歴史がある。しかも,同じ組成のはんだが,つい最近までずっと変わらずに使われて続けてきた。それが,Pbを含むSn-Pb共晶はんだである。使い勝手や諸特性などのバランスに優れる材料であることが,代替するはんだの登場を長い間許してこなかったのだ。

 だからこそ,Sn-Pb共晶はんだからPbフリーはんだへの切り替えをめぐっては,多くの問題が浮上した。Pbフリー化が加速した理由として,EU(欧州連合)で2006年7月に施行されたRoHS指令をはじめとする海外の外的要因の影響が大きかったのは事実である。だが,その過程で次々と浮上した問題を一つひとつ解決し,結果としてはんだのPbフリー化技術で先頭に立ったのは,まぎれもなく日本のメーカーにほかならない。はんだのPbフリー化は,長きにわたって使われてきた実装材料を一から見直したという点だけでなく,「日本のものづくりの存在意義を明確にし,延命させることになった」(複数のエレクトロニクス技術者)という観点からも,歴史に刻む意味のある出来事だったと言える。その「軌跡」を振り返る。

理想の代替材料を求めて

 エレクトロニクス業界におけるPbフリーはんだの研究開発の歴史をたどっていくと,1990年代初頭に行き着く。キッカケは当時,米国で制定の機運が高まっていたPbの使用規制法案である。米国ではこれと同期して,国家プロジェクト「NCMS(National Center for Manufacturing Science) Lead-free Solder Project」が1992年に立ち上がった。参加メンバーとして米Texas Instruments Inc.や米Ford Motor Co.などが名を連ねたこのプロジェクトではまず,Sn-Pb共晶はんだに代わるPbフリーはんだ材料を探すところから,検討が始まっていた。