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【前回より続く】

 さらに時間がたつと,多くの国内電機メーカーの社内から,Pbフリー化に難色を示す声が上がってきた。それは特に,環境部門を中心にした声だった。「はんだのわずかなPbを排除することが本当に環境に良いのか」「そのために莫大なコストを掛ける必要があるのか」「逆に,環境負荷の上昇につながらないのか」…といった見方でPbフリー化を牽制した。芹沢や高橋のように,Pbフリー化の研究開発を進める実装技術者の取り組みは当時,決して社内の主流ではなかったのだ。

国内電機業界のPbフリー化を主導した東京大学 工学系研究科 精密機械工学専攻 教授の須賀唯知氏。(写真:皆木 優子)

 一方,東京大学で実装技術などの研究に携わっていた須賀唯知(現・同大学 工学系研究科 精密機械工学専攻 教授)は,世間とは違う視点ではんだのPbフリー化をとらえていた。「Pbフリー化は単なる環境問題ではない。日本メーカーの実装技術を生かせるチャンスだ」─。実装技術でリードすることこそが,日本のメーカーの生きる道だと考えていた須賀は,環境負荷の議論や規制の動向とは関係なく,国内メーカーがはんだのPbフリー化を進めるべき意義を確信していた。こうした考えを持つ須賀が起こした行動が,後に国内メーカーがPbフリーはんだ技術で世界の先頭を走ることになった源流を生み出すことになる。

 「Pbフリーはんだに関する研究会を立ち上げよう」。須賀は1995年ごろ,自身が参加していたプリント回路学会(現・エレクトロニクス実装学会)において実装技術者に呼び掛けた。それぞれのメーカーで独自に研究開発を進めていた実装技術者は,有志という形でこの呼び掛けに応えた。メーカーの垣根を越え,はんだのPbフリー化という目的を共有する同志が集まったのである。この研究会はその後,同じメンバーが中心となって1997年に設置された電子工業振興協会(JEIDA,現・JEITA)の専門委員会の母体になるなど,Pbフリー化の過程で重要な役割を果たしていく。

ないなら使いこなせばいい

 メーカーの垣根を越えた議論は,やがて技術者たちに思わぬ共通認識をもたらすことになった。

 各メーカーの実装技術者は,変わらずPbフリーはんだの候補となる組成の選択に苦しんでいた。Sn-Pb共晶はんだと同じような使い勝手の,理想の組成がなかなか見つからないでいたからだ。しかし,技術者が互いに自らの研究状況を少しずつ打ち明け合ったことが,新たな活路につながる。

 「やっぱり,こんなものなのか─」。どのメーカーの実験データにも,Sn-Pb共晶はんだと同じような特性を示すPbフリーはんだは存在していなかった。実装技術者たちは,自らの研究が決して遅れているわけではないと分かり安堵した。それは同時に,「追い求めていた理想のPbフリーはんだは存在しない」(高橋)と技術者たちが認識した瞬間でもあった。