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 エピソード4は,玩具やTシャツ,カレンダーなど,映画に関連したグッズのビジネスも創造した。この時Georgeが配給会社の米Twentieth Century Fox Film Corp.と交渉し,STAR WARSの関連商品を売る権利を獲得したことが,後々ハリウッドのスタジオ・システムとは独立に活動するための資金源を作り出す一因になる。

 GeorgeとLucasfilm社が仕掛けた技術革新の歴史もまた,エピソード4に端を発する。エピソード4向けにLucasfilm社傘下の米Industrial Light & Magic (ILM)社が,コンピュータで動作を制御できるモーション・コントロール・カメラを開発したのが始まりだった。厳密な位置制御が可能なカメラは,映画の特殊効果を一新した。

 その後もGeorgeらは,「世界初」の技術を貪欲に追い続けた。1984年にはデジタル・ノンリニア編集システム「EditDroid」を開発。1987年に手掛けたデジタル画像処理ソフトウエアは,後の「Photoshop」のひな型になった。1988年の「ウィロー」では,ある映像を全く異なる映像に滑らかに変化させるモーフィング技術を適用。1989年の「アビス」には,コンピュータ・グラフィックスで生成した3次元の生命体を登場させた。

“A Pathetic Industry”

 Georgeと彼の会社が映画の技術を常に刷新してきた原動力は,綺羅星のごとき映画スターと莫大な資金力を誇るハリウッドのスタジオに,対抗し続けることだったのかもしれない。

 1971年公開の処女作「THX 1138」や1973年の「アメリカン・グラフィティ」の経験から,Georgeがハリウッドのスタジオ・システムを忌み嫌うようになったことは,米国の映画業界では広く知れ渡っている。だからGeorgeはスタジオから独立した立場を貫き通し,自らの拠点をハリウッドから600km以上離れたサンフランシスコ近郊に置いた。

 Georgeのハリウッドに対する態度は,米国のマスコミが尋ねた質問への回答に鮮明に現れている。サンフランシスコにいては孤立するのではないかとの問いに,彼はこう答えた。「サンフランシスコではあらゆる分野の人と話ができる。技術系の人も含めてね。ハリウッドじゃ,みんながいつも同じパーティーに出掛けてる。彼らこそ孤立しているんだと思う」。

Rick McCallum(写真:栗原克己)

 Georgeの右腕で,STAR WARSの新3部作のプロデューサーを務めたRick McCallumも,ハリウッドの慣習に不満を隠さない。「Georgeがすごいことを思い付いても,映画界の現実と折り合いを取らねばならないことが問題なんだ。いまだに僕らは,1900年代の初めに決まった馬鹿げたルールに縛られている」。短気を地でいくRickは,彼なりの見解を躊躇(ちゅうちょ)せず口にする。「映画産業なんて,あわれなものさ。すごく保守的で,いつもおびえてる。これまで映画を大きく変えた技術革新は,たったの3つしかないんだよ。音声,カラー,そしてノンリニア編集だ。その次に来る4番目の革新がこれなんだ」。

 Rickが指摘する第4の技術こそ,デジタル・シネマである。撮影から上映まで,すべてをデジタルで扱うことで,映画の制作や配給にかかわるコストを大幅に削減できる。Rickらはそこに,ハリウッドが打ち立てた映画業界の因習を打ち壊す可能性を予感しているのかもしれない。

 デジタル・シネマの技術開発は,エピソード1から始まった。