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 3月11日に発生した東日本大震災では、どこの医療機関が稼働しており、どんな医療行為が可能かといった情報が把握できず、救援活動が混乱した地域が少なくない。名古屋大学医学部附属病院メディカルITセンター長の吉田茂氏は、災害時の医療施設の被害状況と、被災地外を含めた医療機関の稼働状況を統合し、救援および復興活動に寄与するための災害時病院情報統合管理システム「MedPower」を開発。全国の医療施設で情報登録・参照できるようにした。さらに、このMedPowerを核に、小児科(PedPower)、産科(ObsPower)、循環器科(CardioPower)に対応した診療リソース統合管理システムを用意、被災地内外の医療ニーズに対する医療資源再配分の促進を目指している。


 3月11日の東日本大震災・原発事故は、医療機関にも多大な被害をもたらした。直接の被災やライフラインの途絶により、地域全体の医療体制が機能しなくなり、広い地域で医療リソースのひっ迫を招いたことは記憶に新しい。しかし、震災から時間が経つにつれ、医療需要の中心は、疾病予防や慢性疾患管理などの災害後医療に移り、診療の場も、救急病院から被災地域の避難所や周辺病院、そして被災地外の医療機関へと変遷している。

 こうした災害後医療で問題となるのが、医療リソースの偏在である。被災者が広範囲に多数移動するため、予想外の地域で医師や医療スタッフ、医療機材の不足が生じる。被災地や周辺はもちろん、遠方の医療施設の医療リソースも的確に把握し、被災患者を適切な医療施設に紹介できる仕組みが重要になる。MedPowerは、そうした機能を果たす目的で開発された災害時病院情報統合管理システムである(Webサイトはこちら)。

名古屋大学医学部附属病院のメディカルITセンター長 吉田茂氏

 「被災地の医師は、自分の患者が他の地域に避難する場合、移動先の適切な医療施設を紹介する必要があります。そのときに、どのような専門領域の医師が在籍しているか、受け入れが可能かどうかが、リアルタイムで分かれば非常に便利です。また、被災地や周辺医療施設にとっては、自院の医療リソースが現在どのような状況にあるのかを開示することで、ニーズに沿った医療支援を他の医療施設から受けられる可能性が高くなります」。開発者である名古屋大学医学部附属病院のメディカルITセンター長 吉田茂氏は、MedPowerの有用性をこう述べる。

神戸での被災体験を基に医療資源再配分支援システムを開発

 吉田氏は、1995年の阪神淡路大震災を被災中心地だった神戸市で経験している。当時、神戸市中央区の病院の小児科医として勤務していた吉田氏は、自宅が被災したにもかかわらず、地震直後から勤務先の病院に詰めた。ところが病院自体が被災して診療を継続できなくなったため、重症患者はすべて他の施設に搬送し、入院患者がゼロになってしまった。

MedPowerへのログイン画面

「地震発生から1週間後には、近隣避難所から子供や妊婦が姿を消し、小児科・産婦人科は存在意義がない状態でした。ところが、周辺の病院では患者が急増し、医療スタッフも医療機材も足らない状況に陥っていたそうです。大規模な災害時には、こうした医療リソースのアンバランスが起こることを痛感しました」(吉田氏)。

 吉田氏自身も避難した家族と連絡が取れない日が続いた。そのため吉田氏は、「被災地の医療者は、けっして義務感や使命感だけに基づいて行動すべきではない。医療救援隊や被災を免れた医療施設が助け合いながら被災患者の診療にあたるべき」という持論を持つに至った。こうした経験から、「災害後の医療には、被災地内外の医療資源の再配分が必要であり、それをスムーズに行えるようにするために取り組んだのが、災害時病院情報統合管理システムの構築だった」という。

小児科診療リソース統合管理システム「PedPower」のリスト画面

 吉田氏が最初に開発に着手したのは、小児科診療リソース統合管理システム「PedPower」だった。「大人は被災地に残りますが、子供は遠方の避難先に移動することが多く、小児科診療の適正なリソース(小児科医や設備)配分を行う際に、活用できると考えたからです」(吉田氏)。その後、病院全体の情報を網羅する災害時病院情報統合管理システム「MedPower」を作成。これを中核システムとしPedPowerを小児科版という位置付けにした。さらに、被災した妊婦の移動も広範囲になることから、産科の妊娠分娩管理に関する情報を管理・提供する産科診療リソース統合管理システム「ObsPower」、日本循環器学会認定施設、学会震災対策室発表の情報を中心に集約した循環器科診療リソース統合管理システム「CardioPower」などを追加してきた。

 システムは、FileMakerをベースに開発した。吉田氏は、電子カルテシステムのフロントエンドツールや患者状態適応型パスシステムなど、数多くのユーザーメード型医療システムをFileMakerで構築してきた。「迅速な開発を可能にする手軽さや柔軟なカスタマイズ性がFileMakerの特徴」(吉田氏)という。

 実際、吉田氏は、震災から4、5日目に開発に着手し、約3日間で基本的なシステムを作り上げた。「いま私にできること、という使命感で、取り憑かれたように不眠不休で開発に没頭しました」(吉田氏)。その後のObsPowerやCardioPowerは、吉田氏が代表を務める日本ユーザーメード医療IT研究会(J-SUMMITS)のメンバーの協力を得ながら開発した。