iPhoneやiPadなどのモバイルデバイスが、医療関係者の注目を集めている。東京都港区にある東京慈恵会医科大学附属病院(以下、慈恵医大病院)は、脳卒中などの脳血管障害における緊急遠隔診断・治療補助システム「i-Stroke」を開発。iPhoneやiPadを使ってどこでも緊急に画像診断と治療補助ができる環境を構築し、時間勝負の脳血管内治療に役立てている。富士フイルムと共同研究を進めて商品化を目指すと同時に、医療機関への普及を図っていく。
急性期の脳梗塞治療は、急速に治療技術が進歩している。日本では、2005年にt-PA(アルテプラーゼ)静脈注射による血栓溶解療法が保険適用となり、2010年10月には血管内の血栓を除去して血流を再開させる血栓除去デバイス「Merci Retriever」の使用が認可された。t-PA療法は発症から3時間以内の治療に限られ(4.5時間内への延長を検討中)、治療開始の遅れが効果不良に大きく影響する。t-PA療法の適用時間を超えて8時間以内の治療が可能になった血栓除去術だが、いずれにしても発症から搬送、治療開始までの時間短縮が大きな意味を持つ。
時間勝負の脳梗塞治療で、正確・適切な早期診断・治療を可能に

ところが、経験豊富な専門医が24時間体制で勤務し、適切な治療を実施できる病院は全国でも少ない。結果的に救急患者の受け入れができない、診断や治療のタイミングが遅れて効果的な治療ができない、などのケースが多々ある。慈恵医大病院では、脳外科専門医が常勤1人、待機1人が24時間365日体制で勤務しているものの、入院患者の対応もしながら救急患者を診なければならず、専門医の負担は大きい。
「発症から治療までの時間が長くなるほど、脳機能は失われていきます。時間勝負の中で、患者受け入れ体制や正確な早期診断と神経学所見に基づいた適切な治療方針を決定しなければなりません。1秒でも早く適切な診断と治療ができるよう、検査画像や状態を専門医が把握できる環境を作ると同時に、当直専門医の負担が軽減できるようなシステムを開発できないかと考えました」。東京慈恵会医科大学脳神経外科の高尾洋之氏は、脳卒中患者の緊急遠隔診断・治療補助システム「i-Stroke」開発・導入の背景をこう述べる。

i-Strokeシステムの開発は、高尾氏と脳神経外科学講座教授の村山雄一氏らが2009年10月から開始した。専門医が院内・院外のどこにいても脳卒中で搬送された患者の基本情報、CTやMRIの画像情報を取得できること、システムの利用によって同時により多くの専門医の診断・意見を仰げること、という2つの要素を実現するために開発が進められた。リアルタイムな機動性と機能性を高めるために、モバイルデバイスとしてiPhoneやiPadの利用を想定した。
2010年5月末に試験導入し、機能追加やシステム修正を行った後に、10月から本格的に運用している。「iPhone、iPadを医学教育用に使ったり、診療・画像情報の閲覧に既存ソフトを使ったりという事例は多く出てきましたが、i-Strokeシステムは患者の画像診断に加え、治療のための補助機能を持たせたことが新しい試み」(高尾氏)と、その新規性を強調する。
携帯端末を利用した遠隔画像診断のためのシステムはさまざまな事例があったが、ほとんどは専門医に画像を配信して診断を仰ぐのが目標だった。i-Strokeシステムは画像配信だけでなく、脳梗塞治療においてチーム医療を実現するための機能、t-PA治療などにおける治療補助機能なども持ち、リアルタイムで経時的な治療支援を実現したことが大きな特徴だ。iPhoneやiPadだけでなく、今後はAndroid系のスマートフォンも端末として利用できるようにする予定だ。
臨床現場に即した使いやすい画像診断機能

まず、i-Strokeシステムの画像配信機能では、遠隔で画像診断する際に使いやすく、実際の臨床現場に即した画像が参照できることが大きな特徴だ。CTやMRIのスライス画像をiPhoneやiPad上で連続して再生できるほか、DSA(脳血管造影)や3次元DSA画像も表示できる。3次元画像はiPhoneやiPadのタッチパネルで8方向に回転させることが可能で、モードを変更すればタッチした方向に任意に回転させることができる。PCの端末と比べれば画面サイズが小さく機能も限定されるが、少なくとも緊急時の画像診断に必要なクオリティで、臨床現場で要求される3次元画像を動画として評価できる機能を実現している。
「従来の画像診断装置は、放射線機器ベンダーが高度な診断に要求される高いクオリティを追求して開発したものです。一方われわれ臨床医は、リアルタイムに動き、緊急性に対応できる画像が欲しい。ある程度品質を犠牲にしても、機動性が求められます。i-Strokeは、臨床医主導で画質とスムーズなリアルタイム性の境界点を探り出したシステムなのがポイントです」(高尾氏)という。ちなみにPACSと連携したi-Strokeサーバーで生成される画像は、iPhone用、iPad用などデバイスの表示性能に合わせたJPEG画像が用意される。

また、血流の低下を示すPerfusion画像と脳梗塞が進行し回復しない部分を示したDiffusion画像を比較する機能を追加することも計画している。脳梗塞の発症から2~3時間の時点で、脳梗塞を起こしている範囲が判断できる。さらにi-Strokeは、顕微鏡手術の術中画像や血栓除去術中の血管造影画像を、記録システムと連携してストリーミング再生できる。「上級医が院外からも術中画像を閲覧できることで、緊急手術の指導も可能。将来は、臨床教育用としても利用できると思います」(高尾氏)という。
診断から治療に直結したシステムで医療の質向上を目指す
もう1つの特徴が、脳梗塞のチーム医療をシステム的に支援したり、t-PA療法にかかわる治療を補助したりする、治療に直結した機能を持っている点だ。
