日本ユーザーメード医療IT研究会(J-SUMMITS)は6月8日、仙台市のホテルで震災復興と災害時対策をテーマに「J-SUMMITS Special Seminar」を開催した。同研究会は、医療者自らが市販のアプリケーションソフトウエアを使って、自らの業務に使用するITシステムを構築する活動を展開する団体。セミナーでは医師や看護師、医療情報技師など、医療現場でITの活用に携わる医療者を対象に、医療者自らが開発・運用している事例を中心とした幅広いテーマで講演やパネルディスカッションが行われた。
同様のセミナーが、昨年5月に同市で開催予定だったが、東日本大震災の影響で中止になった経緯がある。セミナー冒頭、J-SUMMITS代表の吉田茂氏(名古屋大学医学部附属病院メディカルITセンター長)は、同研究会と仙台とのゆかりを紹介し、「今回復興に向けて力強く前進されている東北の医療関係者の方々を、少しでも後押しさせていただけるようにと思いを込め、昨年の計画以上の内容で開催の運びとなった」と挨拶した。
現在、個人会員約400人、賛助企業18社が参加しているJ-SUMMITSは2008年に設立された。「きっかけは、2004年に仙台市で開催された日本クリニカルパス学会の学術集会。事前に学会のメーリングリストで、FileMakerによる自作の診療支援システムの話題を発信したところ、大いに盛り上がった。そこで、2004年の学術集会で、“FileMakerの達人”による自作システムのデモ展示を行った。仙台はわれわれの研究会の誕生の地」だと紹介した。
基調講演では、東北大学病院メディカルITセンター副部長の國井重男氏が「震災復興における医療ITの重要性」と題し、宮城県震災復興計画に位置付けられ、構築検討が進められている宮城県医療福祉情報ネットワークを中心に紹介した。
講演の前半で國井氏は、これまでの医療制度の変遷と医療機関側の医療提供体制とのギャップ、医療情報システムの進化と臨床サイドの使い手の考え方のギャップについて、長年抱いてきた考えを語った。「医療行政では、92年頃から医療施設機能の体系化が打ち出され、一病院完結型医療から地域完結型の制度への移行を図ろうとしていた。そして、第三次医療改正で医療リソースを効率的に活用するために、医療施設の機能分化が推進され、地域完結型医療への転換が明確にされた。本来、われわれは92年頃から地域連携医療を考えなければいけなかったが、制度推進に伴う報酬が得られなかったため反応しなかった」と指摘し、現在の連携医療による地域完結型システムへの転換の難しさを述べた。
一方、日本の医療情報システムの発展が、医事会計システムの整備スタートし、外来待ち時間解消を目的としたオーダリングの導入、その延長として電子カルテが出来上がった経緯を振り返り、「伝票を処理するための仕組み、結果データを整理するための仕組みだったものを、医師が“目的外”に使用してきた。そこに、使いにくい医療情報システムとなった原因がある。本来、電子カルテは医師の思考、意志決定を支援するための仕組みでなければならない。判断するための情報を提供できるシステムを作っていかなければならない、と強く感じている」と強調した。
続いて國井氏は、宮城県の医療福祉情報ネットワークについて解説した。地域医療復興計画に基づいて、すべての医療機関・医療関係者(医師・薬剤師・検査技師・看護師)諸団体が参加するヒューマンネットワークの構築と、医療福祉ICTネットワークの構築が進行。前者に関しては昨年11月に「みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会」が設立され、既に活動を開始。後者は、セキュリティーを完備した共通インフラ、共通アプリケーション、その上位の一般医療情報、分野・疾患別アプリケーションという構造で、開発が計画されている。また、地域住民の健康・診療・ゲノム等の情報を生体試料と関連させたバイオバンクを構築し、創薬研究や個別化医療の基盤を形成することを目的とする「東北メディカル・バンク計画」と密接に連携しながら進められていることにも触れた。
「概念的には医療機関、介護施設、薬局を含め、二次医療圏ごとに医療情報を集約し、ネットワーク化していく。これから具体的な設計に入っていくが、それぞれの機能を実装するためには多くの問題をクリアしていく必要がある。二次医療圏ごとのネットワークを構築してつないでいくことを前提に、共通インフラの上で拡張していける設計にしている」(國井氏)。
また、國井氏は全県レベルの医療福祉情報ネットワーク構築にあたって、実装したい仕組みとして共通IDの発行を挙げた。「全国で共通IDに関する実証実験が行われていて、その報告書を見ると、共通IDは必要としながらも具体的な番号体系や発番の仕組みなどが明らかにされていない。その理由は、個人情報の保護法例がらみで、具体的に踏み込むと批判の矢面に立たされ兼ねないからだろう。私は、たとえフライングと指摘されても、宮城県でスタートさせたい。それを全国に普及させていける番号体系を決めていきたい」と意欲を示した。
現時点でのまったくの私案と断わりながら、構想を示した。クレジットカードの番号体系などと同様の16ケタの番号とし、先頭番号に県コードを使用、救急での共通IDカードの利用を想定して、オフラインでミニマムデータセットを読み取れる仕組みの実装などだ。
加えて、共通IDカードと本人認証のあり方にも言及。現状の日本の医療制度では保険証と本人の認証ができないため、共通診察券には顔写真を入れるなどの方法で本人認証を可能にするほか、申請・発行には本人確認できる手続きを導入しなければならないと力説。「現在、国で検討されているマイナンバー制度が、医療分野でどう活用されるかは不透明だが、導入された際にそれと連携できる仕組みを考えていきたい。宮城県で第一歩を踏み出したい」(國井氏)と語った。
また、セミナーでは特別講演として、吉田氏が東日本大震災を機に開発し、公開した「災害時病院情報統合管理システム MedPower」について、その開発動機や実際の仕組み、運用形態などを紹介した。
このほかの午前中のセッションでは、スポンサープレゼンテーションとして、ファイルメーカー日本法人社長のビル・エプリング氏がFileMaker Goを利用した医療現場でのiPad利用の紹介、ソフトバンクテレコム ヘルスケアプロジェクト推進室室長 古屋初男氏がさくら総合病院(名古屋市)におけるiPhone/iPad導入事例など、スマートフォンとクラウドによる医療ICTの未来について語った。また、ランチョンセッションではインターシステムズのマーケティングディレクター 橋澤満貴氏が、同社製品の名古屋市立大学病院での導入事例などを紹介した。