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 1月25日、東京国際フォーラムで「第2回 京速コンピュータ『京』と創薬・医療の産学連携セミナー」が開催された。主催は、HPCI戦略プログラム分野1を担う大阪大学大学院基礎工学研究科で、理化学研究所、財団法人都市活力研究所などが共催した。次世代スーパーコンピュータ「京」の実像と、計算生命科学や創薬分野で「京」を活用する可能性が論じられた。セミナーは2部構成。前半は「計算科学の世界を開く『京』」と題してアカデミックな観点で研究者から、後半は「『京』の産業利用に迫る」と題して製薬企業3社から発表があった。

 HPCI戦略プログラムは、2012年の秋に本格稼働が予定されている「京」の能力を最大限に活用し、世界最高水準の研究成果を創出しつつ、複数の分野における計算科学技術推進体制構築を支援するためのプロジェクト。文部科学省が、社会的・学術的に大きなブレークスルーが期待できるとして設定した分野は全部で5つある。今回のセミナーは、このうち分野1の「予測する生命科学・医療および創薬基盤」にフォーカスを当てた。

複雑なバイオロジーに迫るためにスパコン「京」が必要

 最初に登壇したのは、理化学研究所 計算分子設計グループ グループディレクター 泰地真弘人氏。「スパコン『京』の設計思想と生命科学への展開」というタイトルで、グローバルな視点で見た「京」の計算能力と設計の特徴を解説した。同氏によると、「京」のように開発当初から汎用的な利用をめざして開発されたスーパーコンピュータは、日本で初めて。「LINPACKベンチマークにおいて10ペタフロップスを達成、LINPACK TOP500リストの首位を獲得し、世界最速が証明された。スパコンの総合的な性能を評価するHPCチャレンジベンチマークでも、4部門すべてで首位を獲得。『京』の誕生によって、LINPACK TOP500リストでの国別評価でも日本は米国に次ぐ2位に浮上した」と泰地氏は語る。

 設計面では、並列度の高さが大きな特徴。ノード数8万以上、64万コアという非常に大規模な並列システムで、ノードは遅延の小さい「6次元メッシュ/トーラス」と呼ばれるドーナツ状のネットワークで接続されている。高速計算に最適化されて開発されており、その効率は93%を越える。ノードを追加すればリニアに性能が向上する一方で、ノードを小さく使っても性能は落ちない。ライフサイエンス系ユーザーにとって、利用価値の高い仕様になっているという。

 「『京』は、分子シミュレーションなど幅広い分野で高い応用可能性があると考えている。ライフサイエンス分野は、高性能計算の利用は進んでおらず、現状はいろいろな面で準備が不足している。産業界からも是非、活用法などについて声を出してほしい」と、泰地氏は出席者に向けて訴えかけていた。

 続いて登壇したのは、理化学研究所 HPC計算生命科学推進プログラム 副プログラムディレクターの木寺詔紀氏(横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科教授)。演題は「『京』を活用した計算生命科学プロジェクト」だ。同氏はまず、HPCI戦略プログラム分野1の「予測する生命科学・医療および創薬基盤」というテーマを解説した。「医療や創薬基盤の分野で、役に立つ技術をめざす。生命計算科学は比較的新しい学術分野だが、複雑な生命に潜む法則を見出すことは、非常に挑戦しがいがある」(木寺氏)。

 生命科学には、全身レベルから分子レベルまで非常に幅広い空間階層性、時間階層性があり、それぞれの問題を異なった方法論で扱わなければならない。対象が方法論を規定するという点で、他の学術分野と大きく異なるという。「生命情報解析にシーケンサが利用されているが、もはやスペックは追いついていない。『京』のようなスーパーコンピュータを使うことで、複雑なバイオロジーに近づくことができる」と木寺氏は言葉に力を込めた。

 大阪大学大学院情報科学研究科教授の松田秀雄氏は、「『京』による細胞分化解明のための大規模生体分子ネットワーク解析」という演題で講演した。同氏はHPCI戦略プログラム分野1内で、大規模生命データ解析を担当している。分野1は、計算だけでなく一歩踏み込んで“予測する”というテーマを掲げているが、同氏の所属するグループはさらに踏み込んで“御す”ことをめざしている。ありとあらゆる情報、組み合わせを対象に、「京」の圧倒的な計算パワーを使って調べつくし、活用しつくす世界が目標だという。

 同氏は現在、細胞分化現象をデータ解析で解明することに取り組んでいる。「『京』を使うのは、例えば“細胞分化には3つの遺伝子が関係しているらしい”といった仮説をもとに解析を始めることをやめたいからだ。最初から網羅的に全体像を見たい。困難ではあるが、『京』の出現でそれが可能な時代になってきた。出てきたデータ解析結果を実験結果と突き合わせる時にも、『京』の圧倒的な計算パワーが必要になってくる」と田中氏は語った。