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創薬の現場からの期待は大きいが不安も残る

 セミナー後半で、第一三共製薬 機能分子第2研究所 第5グループ 主任研究員 中尾直樹氏が「『京』に寄せる期待-創薬の現場から-」という演題でスピーチした。まず、コンピュータ性能の向上とソフトウエアの進歩、X線構造データの充実によって、CADD(Computer Aided Drug Design)が進んでいることを説明した。化学者が自分のPC上で分子模型を作る感覚で、気軽にたんぱくと化合物のドッキングを試せるようになっているのだ。しかし、CADDは、圧倒的な計算リソース不足のために、結合自由エネルギー予測やたんぱくのダイナミックス予測に大きな課題がある。大規模計算を使った化合物のスクリーニング手法も登場しつつあるが、創薬プロセスに幅広く適用していくには検証が必要だと中尾氏は感じている。

 「CADDで、単独企業では実施できない手法の検証に、『京』が活用できたらいい。結合自由エネルギー予測では、多くのデータセットを使ったロバストネスの検証や、実際の創薬標的物を使った結合時のたんぱくの動きの予測ができるとありがたい」と中尾氏は希望を語った。続いて、創薬に利用できる幅広いソフトを備えるなど、ソフトウエアベンダーなどを巻き込んだ、京を利用しやすい環境の整備が必要だと訴えた。

 塩野義製薬 創薬・探索研究所 先端創薬推進部門長 辻下英樹氏は、まず製薬企業で計算化学利用の現状を説明するために、バーチャルスクリーニング手法を挙げた。約6万個の化合物をあるたんぱくにドッキングさせる際に、たんぱくと結合することがあらかじめ分かっている化合物を11個混ぜ合わせた。そして、スクリーニング用ソフトウエアが、6万個の対象化合物の中から11個全部を拾い出すまでを観察した。その結果、11番目の化合物を拾い出すまでに、そのソフトウエアは4000の化合物を調べていたことが判明した。

 「この手法で6万個を4000個に絞りこむことができるが、そこから先は結局手作業。現実には経験と勘に頼っている。それも人によって能力の差があり、“引き”がいい化学者は正しい化合物を迅速に選び出す一方で、“引き”の悪い化学者は大きくはずす。もちろん訓練すればスキルは向上するが、練習で腕が上がるというのはサイエンスではないという思いもある」と辻下氏は語る。

 同氏は続けて「創薬は、化合物を設計して、作って、活性を測って、また設計し直すというサイクルの繰り返しで、一つのプロセスに時間をかけられない。ソフトウエアでの計算に時間がかかるのならば、化学者が手作りした方が早いということになる。『京』を利用することで、正確なデザイン、正確な結合自由エネルギーの計算などが現実的な時間で可能になるのなら、利用価値は非常に高い」と語った。

 続いて武田薬品工業 医薬研究本部 探索研究所 リサーチマネージャー 田中稔祐氏が登壇した。同社はこれまで、社内で所有するスパコンを利用してシミュレーション研究を進めてきた。しかし田中氏によると、近年計算リソース不足を実感する場面が多くなってきたという。そこで、同社は社外のスパコンと社内のPCクラスタの使い分けを構想している。「社内では実施できない案件を、社外のスパコンで試してみたい。未来を見据えた計算に社外のスパコンを活用し、数年後社内のPCクラスタで同じことができるようになればいい」と言う。

 ちなみに田中氏が、社内の創薬スタッフに社外スパコン利用について意見を求めたところ、「社外に情報を持ち出す点でセキュリティが気になる」「独自プログラムを使いたいが、チューニングの際の支援は受けられるか」「将来社内のPCクラスタで同じ計算を実行することは可能か」などとの声が寄せられた。田中氏自身は、計算化学の発展に大きな期待を寄せている。「黎明期は自転車の補助輪のような存在だったが、ようやく三輪車の一輪になったというところか。将来はバイクの前輪か後輪のような存在に育てたい」と語った。

 セミナーの最後に、NPO法人バイオグリッドセンター関西 理事 志水隆一氏が「『京』への期待と産業界、学界から『京』利用への道-製薬業界の産業利用ニーズ調査結果を踏まえ」と題して、どのような手順を踏めば「京」の産業利用が可能になるかを具体的に説明した。この春立ち上がるHPCIコンソーシアムが産業界からの声を集める役割を担うことを紹介しながら、スパコンの産業利用に対して関心を持ってほしいとアピールしていた。