iPhoneやiPad、スマートフォンなど、スマートデバイスが医療の現場で急速に浸透している。活用の試みから実践的運用段階に移りつつあるといっても過言ではない。第31回医療情報学連合大会のワークショップの1つで、そうしたスマートデバイスの地域医療への応用と、患者参加型の情報共有ツールとして活用されている事例を取り上げ、新たなデバイスがもたらす変革や将来展望について議論が行われた。
座長を務めた鹿児島大学病院医療情報部の村永文学氏は、冒頭でシンポジウムの主旨を述べた。「医療従事者、患者双方にとって利便性の高い地域医療連携を構築していくうえで、操作性・継続性・携帯性・日常性が考慮されたデバイスの選択は不可欠な要件である。多くのスマートフォンが発売され、医療支援システムの端末としても、その活用には多くの期待が寄せられている。スマートフォンの地域医療への応用と、患者・家族参加型の情報共有について、そのあり方や将来性を議論したい」。
「どこでもMY病院」構想を先取りした「ITKarte」
最初の事例として、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科脳神経外科の平野宏文氏が、2006年末から試験運用を開始した患者が閲覧の主導権を持つ「ITKarte」(以下、ITカルテ)を紹介した。ITカルテは関係者(医療従事者や患者・家族など)の間で、必要な医療情報を安全・効率的に共有するために、インターネット上に構築したシステム。テキスト、テーブル、画像などをインターネットに接続されたサーバーに保管し、Webブラウザで利用する仕組みである。スマートフォンでの利用は、現在ソフトウエアを開発中という。
ITカルテの特徴は、複数の医療機関の医師に限らず、患者自身もアクセスする仕組みであること。「インターネット上に医用データを置いて安全に利用するためには、アクセス権の管理が重要なポイント。主治医が患者データにアクセスできること、関係しない患者のデータは閲覧できないこと、患者へのID発行が迅速にできること、ITカルテにデータを持っている患者が別の医療機関を利用する際に新たな担当医がすぐにアクセス権を獲得できること、過去の診療に使用したデータへのアクセスが将来的にも保証されること。これらが最低条件である」(平野氏)。
アクセス権管理の仕組みに工夫がある。ITカルテのアクセス権管理は、患者や医師の認証としてID/パスワードが利用される。大きな特徴は、アクセス権を付与する際に「診察キー」が利用され、その診察キーの管理主体が患者にある点だ。主治医となる医師は患者から診察キーの提示を受け、ログイン時に入力しなければ患者情報にアクセスできない。患者が別の医師にかかって診察キーを変更した場合、前医は自分が書いた記録・閲覧したデータにはアクセスできるが、診察キー変更後のデータにはアクセスできない。データごとにアクセス権タグが付いており、診察キーとの組み合わせでデータの記録や閲覧が可能になる仕組みである。
現在、政府は「どこでもMY病院」構想を推進している。平野氏は最後に「『個人に自らの医療情報を蓄積・管理する機会を提供する』という、どこでもMY病院の基本概念は、まさにITカルテのコンセプトであり、どこでもMY病院が目指していることがある程度実現できている」と締めくくった。
在宅医療の効率化・質の向上に寄与するiPhoneとクラウド
次に桜新町アーバンクリニック(東京都世田谷区)院長の遠矢純一郎氏と看護師の片山智栄氏が、在宅医療におけるiPhoneの活用とクラウド型の地域連携システムの運用事例について紹介した。遠矢氏は「在宅医療では、在宅医、訪問看護師、薬剤師、リハビリ担当、ケアマネ、ヘルパーなど多職種、多事業所所属のスタッフがかかわる。そのため、何をゴールとして治療やケアにあたるのかなど、情報共有を密にしないと質の維持ができない」と述べ、組織を超えた多職種間の情報共有の重要性を強調した。
また片山氏は「24時間365日、患者さんに対応しなければならず、いつでもどこにいても患者情報にアクセスできる環境が必要。また、セキュアで安価、ITリテラシーが高くない看護師や介護士でも利用できるシステム環境が求められる」と、iPhoneを使った情報共有を推進してきた理由を述べた。
桜新町アーバンクリニックでは、往診先からiPhoneで電子カルテにアクセスできる環境を構築している。例えば、往診先で急に患者を病院搬送する必要が生じたときは、プライベートクラウドの診療サマリーにアクセスして、iPhone上で診療情報提供書を作成し、FAXサービスを利用して紹介先に送付する。すべてのスタッフがiPhoneなどで確認できるように、往診スケジュール管理はGoogleカレンダーを利用している。他事業所のスタッフとの情報共有は、クラウド型の地域連携システム(電子掲示板)を活用しているという。
遠矢氏は、在宅医療におけるスマートデバイスやクラウドの活用について「iPhoneやAndroid版スマートフォン、携帯電話など、多種のモバイル機器をそれぞれのプラットフォームで利用できるのもクラウドのメリット。低コストで安全性の高いサービスを活用することで、在宅医療の効率化、質の向上が可能になった」と語った。
患者参加型ITツールのカギは「触って楽しいデバイス」
ワークショップではこのほか、名古屋大学医学部附属病院メディカルITセンター長の吉田茂氏が、新生児健診の際のiPadを利用した問診ツールを紹介した。吉田氏は、「新生児の母親がユーザーであるiPad問診ツールは、1カ月健診の1回だけの利用なので、操作説明が必要なく直感的に操作でき、誤操作・誤作動を防止するために不必要なボタンやコマンドを隠すなど、インタフェースを工夫したことが成功のカギ。そして最も大切なのは、触って楽しいツール(デバイス)であることが重要だ」と強調した。
また、医師・医学博士で薬局を経営するファルメディコの代表取締役 狭間研至氏は、スマートフォンを薬剤師の教育用に活用する事例を紹介した。狭間氏は薬局・薬剤師のあり方を変えていくことを通じて、新しい地域医療制度を支える一端を担っていく「薬局3.0」(第三世代の薬局)という概念を提唱している。
「薬局3.0では薬剤師の活躍の場が広がる。在宅患者に対して配薬支援や服薬指導だけでなく、血圧や血中酸素飽和度の測定、聴診などの業務も担うことを目指す。それらを実践していくための薬剤師教育に、スマートデバイスを活用できる」(狭間氏)と述べた。そして活用できるコンテンツとして、聴診したい位置をタッチすると、その部位のリアルな聴診音を聞くことができるiPad/iPhoneアプリなどを紹介した。