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学会長の木村通男氏
学会長の木村通男氏
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 第31回医療情報学連合大会(11月21~23日)の学会長講演で、木村通男氏(浜松医科大学教授、附属病院医療情報部長)は、前大会からの連続テーマである「医療情報の過去・現在・未来―Data、Information、Intelligence」の現在編として、日本の医療と医療情報の現状について講演した。

 木村学会長は、OECD加盟各国と比較した日本の医療費、人口あたりの医師数、人口あたりのCT台数・MRI台数、1998年と2008年の医療費内訳などのデータを示し、日本の医療環境の現状を次のように指摘した。

 「日本の医療が誇るべき点は、どの医療機関に誰でも受診でき、貧しくても高レベル(少なくとも中レベル以上)の医療が得られること。見落とされがちだが、事務手続きを病院・診療所がすべてやってくれることなどだ。その結果として、平均寿命や感染症罹患率などで、非常に高いパフォーマンスを提供できている。大きな問題は、世界有数の高いレベルの医療が安価に提供されているにもかかわらず、それが国民に理解されていないことだ」(木村氏)。

 また木村氏は、医療に市場原理を取り入れようという議論について、「一言でいえば、儲からない分野からの撤退であり、患者の切り捨てである。市場経済には価格弾力性、供給弾力性が重要な要素。医療では供給弾力性が非常に小さいことが多いが、供給弾力性のない商品は高騰するのが市場経済だ」と述べた。

 医療の効率化の議論に対しては、「効率化というのは、何を分母に、何を分子にした計数尺度なのか。効率化が最大の目標なのか。価値観を信託されている医師に、求められているのが何なのかはっきりしないことに問題がある」と指摘。さらに、予防医学は医療費を下げるかという議論には、「予防医学はそれ自身が目的であり、医療費削減のために行ってはいけない」と強調し、最近の医療に関するさまざまな議論が、非常に底の浅い議論に終始していることに苦言を呈した。

地域医療連携が診療報酬化されず多くのプロジェクトがガス欠

 一方、医療情報システムに関しては、2000年代の初めに普及が始まった電子カルテと地域連携型電子カルテのプロジェクトを取り上げ、その現状の課題を述べた。病院の電子カルテ導入は、2001~2002年の厚労省による半額補助により加速したが、「標準化されていない電子カルテシステムが一気に広まってしまった。標準化の活動と検証に関して明確なガバナンスがなかったために、ばらばらのデータ形式が浸透し、その問題を克服するために膨大なコストがかかっている」(木村氏)とし、あらためて標準化の重要性とメリットを強調した。

 また、地域連携型電子カルテについては、2002年および2003年の経産省の助成金により28カ所で実証実験が実施されたが、現在はごく一部しか残っていないことを指摘。「地域医療連携が診療報酬化されることを見込んで構築したものの、実現しなかったがためにプロジェクトがガス欠を起こしてしまったケースが多い。仕方ない部分もあるとはいえ、真のニーズを把握してプロジェクトを推進したのか、あるいは医療連携の仕組みが連携する双方にメリットをもたらすと考えたのか非常に疑問」(木村氏)。そして、「ここでも標準規格に対する考えが欠如していたし、いろいろな解釈によるHL7が登場するなど検証する制度がなかったことが問題だった」(木村氏)と、現在に及ぼした影響を指摘した。

 最後に木村氏は、2001年に自身が描いた10年後の医療情報と現在の姿を比較して点数化した自己評価を披露した。それによると、情報端末(30点)、ネットワーク(65点)、情報公開(75点)、医療情報ウエアハウス(45点)、医療行為の評価(75点)、医師と患者の対話時間の増加・PC操作時間の減少(35点)となった。

 「医師はゲームコントローラーのような形態の端末、看護師はPHSを情報端末として使っていると予測したが、タブレット端末が普及し予想は当たらなかった。医療行為の評価は、現在では他の医師に(診療録=医療行為を)見られることを前提として、かなり進展した」(木村氏)などと解説した。来年秋の連合大会では、未来編として医療費や医学研究の方向性と、それに対する医療情報の役割をテーマとしたい、と講演を締めくくった。