FileMakerカンファレンス2011(11月9~10日)のメディカルトラックでは、「医療情報システムの情報をiPadで俯瞰する、二施設での試み」と題されたセッションが行われた。東京都立広尾病院の山本康仁氏(小児科医長兼IT推進担当)は、iPadを利用した災害時向け参照型電子カルテの開発と、そのバックエンドで稼動するFileMakerによる基幹システム「ハイパーシステム」を駆使した、コンテキストウェアネスの概念を取り入れて構築した病院情報システムついて発表した。
山本氏はまず、iPadの活用法の1つとして、開発した参照型電子カルテについて解説した(関連記事はこちら)。目的は、災害時に病院情報システムが機能しなくなった場合の診療継続を可能にする、病院機能が麻痺した中で患者を転送する際に患者情報を転送先医療施設に伝達する、などだ。
「平常時は紹介状で診療情報のサマリーを患者といっしょに転送するが、災害時の混乱状況の中では紹介状作成もままならない。電子カルテシステムの既往歴、処方内容、保健情報、アレルギー情報などを構造化して、シンプルなビューアーとiPadに埋め込んで転送する仕組みを考えた。最低限必要な情報を、標準的な操作方法で参照できる形態だ。災害時に操作説明をしなくても使えるように、平常はベッドサイドで患者さんへの病状説明などに利用できるものにターゲットを絞った」(山本氏)と開発コンセプトを述べた。
短期間での開発を考慮し、iPadに実装するプラットフォームとしてFileMaker Goを利用してプロトタイプを開発。リリース間もないバージョンは画面表示速度などに課題があったため、FileMaker Goのエンジンの上にWebKitを使ってインタフェース(ブラウザー)を実装したという。また、iPadに格納した診療情報と患者とのひも付けには、iPadで読み取り・作成できるQRコード(二次元コード)を利用した。
電子カルテシステムの診療データをiPadに転送する仕組みとしては、7年前から稼動しているFileMakerによる基幹システム「ハイパーシステム」がある。同システムは、データウエアハウス用に電子カルテのデータベースからデータを抽出するのに加えて、ユーザーがデータ活用できるよう多次元のデータキューブ(ユーザーが使用目的に応じて特定のデータを切り出し・再構築して格納したもの)を用意している。
山本氏は、このデータキューブの特徴を「情報を溜めるだけでなく、いろいろなトリガーとして利用できるので、業務支援システムや医療安全上の問題に対してアラートを発するシステムなどを構築できる」とし、ICT(感染制御チーム)支援するシステムの一部を紹介した。具体的には、ある抗菌薬をオーダー入力すると、投与が妥当かどうか感染制御チームへ自動的に問い合わせが行われる。その際に収集される患者情報(体重や病状など)、過去の抗菌薬使用状況と結果、投与推奨ガイドラインなど各種の情報を基に、検討結果が送信されるもの。
「現在構築・運用している、医療安全上の問題を発生前にプッシュ型でPHSに情報提供する予測システムでは、業務進行状況、医療従事者や患者の位置情報、検査結果などから総合的にコンピュータが問題を検出し、適切な人に通知することが可能。単に警告を出すだけでなく、その問題を『この人とディスカッションした方がいい』と提案するほか、電話交換機を操作して通話も喚起する」(山本氏)。こうしたシステムは、「コンテキストアウェアネス」の概念に基づくもので、RFIDやセンサーなどの情報技術を活用してコンピュータが“環境”を認知することを前提としている。
医療者のビヘイビアを認識・分析しセキュアなソリューションを
山本氏は「病院内に分散配置されている認知能力を持ったエージェントが、変化する環境情報を収集。それを評価したうえで活用するシナリオができる。そうなると、医療者がある患者のベッドサイドにいるという位置情報を取得したら、次にその医療者が何をするかという情報(医療者の振る舞い情報)も認知できた方がいい。そうしたときの振る舞い情報を収集するツールとして、iPadが使えるのではないか」と考えを述べた。
山本氏はさらに、「コンピュータが医療者の行動を分析して情報をパーソナライズすることによって、よりセキュアな情報提供を可能にする」と指摘した。その一例として、すでに運用しているPHSなどモバイルデバイスを放置して業務にあたる癖のある医療者に対して、置き忘れたデバイスの追跡機能、放置時間の把握などの情報を基に、自動的にアクセス権を一時剥奪するシステムを紹介した。
「位置情報や電子カルテ使用状況など医療者のビヘイビアを認識・分析することによって、デバイスのセキュアな利用環境を実現するソリューションを作れる。(それらのプラットフォームとして)FileMakerやFileMaker Goによるスピーディな開発環境を利用することで、新たな知見が得られるだろう」と期待を込めて講演を結んだ。