福井大学医学部附属病院(以下、福井大学病院)は、医療プライベートクラウドを見据えた「新総合医療システム」の構築を機に、無線LAN環境にも仮想化技術を取り入れたネットワークインフラを構築した。無線LANアクセスのシングルチャネル化とセル(電波到達範囲)の仮想化技術の導入は、通信品質を向上させると同時にチャネル設計・調整の煩雑さを解消。管理コスト削減につながった。また、同技術によって無線周波数帯の有効利用が可能になり、ユビキタス医療ICTの通信インフラを統合化できる環境も実現した。
医療情報システムの利用が病棟のベッドサイドまで広がり、無線系のネットワークが病院の重要なインフラになりつつある。電子カルテの参照やバイタル記録など病棟看護支援システムの利用、輸液・患者・実施者の3点チェックによる医療安全ソリューションなど、さまざまなアプリケーションの利用が拡大。アクセスデバイスもノートPCや専用PDAからiPadやスマートフォンなどの利用へと、大きな広がりを見せている。

ところが実際には、良好なアクセス環境を実現している無線系ネットワークを構築できている病院は少ない。せっかく導入したものの、存分に使いこなせていないケースも見受けられる。その原因の1つに、電波が届かない死角エリアができたり、アクセスポイント同士の電波干渉が起きたりして、良好な通信環境を確保できないという理由がある。一般のオフィスと異なり、病院の建物構造は複雑で電波特性を把握した設計や設定が難しく、大規模な無線LAN環境を導入すると運用管理が大きな負担となる。
福井大学病院は、そうした無線LANの構築と運用に関する課題を解決するための、仮想技術を用いたシングルチャネル化に挑戦した。
無線LAN環境は設計と運用管理が課題
福井大学病院が無線LANを導入したのは15年前。病棟のベッドサイドでノートPCの利用を開始したのを機に、病院全体の無線LAN化を進めた。その後、病棟で輸血パックを取り違えるインシデントが発生し、現場で輸液・注射のミキシング業務から実施までオーダー情報に無線アクセスし、バーコードを利用してチェックする体制を築いた。ところが、無線アクセスデバイスが増え、高速化が進展するにつれて、無線LAN環境ならではの課題があらわになってきた。
「当初、十分な設計と調整を行って無線ネットワークを構築したつもりですが、アクセスポイントが増えるにつれ、電波の干渉ポイントができ、それを回避するためにチャネル割り当てを行うわけですが、通信品質を保てるよう運用することが非常に難しくなってきます」。

福井大学総合情報基盤センター 副センター長で、医学部附属病院医療情報部 副部長の山下芳範氏は、品質の高い無線LAN環境の運用の難しさをこう指摘する。「チャネル割り当てが複雑になればローミング(アクセスポイント間移動)による影響で接続が途切れることも問題になるし、そもそもチャネルエリアを3次元できれいにプランすることに限界を感じていました。何とかネットワーク品質を確保しつつ、管理の手間やコストを下げる方法はないかと検討を続けていました」。
無線LANは、2.4GHz帯や5GHz帯を使って通信する。ただし2.4GHz帯はコードレス電話やBluetooth通信に加えて、多くの医療機器が使用する過密地帯の周波数で、電波干渉を受けやすい。しかも通常は、アクセスポイント間で干渉が起きないように、1ch-6ch-11chなど基本的に5チャネル以上間隔を開けた3つのチャネルの組み合わせで、各アクセスポイントの割当てを設定して運用する(IEEE802.11gという無線通信規格の場合)。
ところが多層階の建物では、平面で隣り合う電波エリア(セル)の重なり部分では干渉は起きなくても、天井や床下から突き抜ける電波エリアとのチャネル干渉が発生するなどして、通信状態が劣化してしまうことが多い。
「安定した通信のために多くのアクセスポイントを配置すればするほど、各フロアのチャネル設計や電波強度の設定は煩雑になります。多層階の無線エリアでは理想的なチャネル設計など不可能に近く、そうした運用から解放されたいという強い思いがありました」と山下氏。
また今後、PHS電話から無線LANベースのIP電話への移行やiPadなど多様な無線デバイスの利用拡大、さらにユビキタス医療の実現を考えると、将来のチャネルを増設するための周波数帯を空けておきたい。「新しい取り組みに挑戦しようとすれば、ブレークスルーが必要」と、山下氏は無線LAN環境に仮想技術を適用したシングルチャネル化にチャレンジした背景を語る。