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岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センター長も務める小倉真治氏
岐阜大学医学部附属病院高次救命治療センター長も務める小倉真治氏
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東京医科歯科大学大学院の田中博氏をコーディネーターに、日本版EHRが可能にする新しい医療についてパネルディスカッションも行われた
東京医科歯科大学大学院の田中博氏をコーディネーターに、日本版EHRが可能にする新しい医療についてパネルディスカッションも行われた
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 「ICTによる高度医療社会の実現」をテーマにICT医療フォーラム(主催日本経済新聞社、共催総務省)が、1月31日、東京・大手町の日経ホールで開催された。

 まず、岐阜大学大学院医学系研究科救急・災害医学教授の小倉真治氏が「市民のための医療を支援するICT技術」と題した基調講演を行い、同大学を中心とした産学連携事業体が構築を進める救急医療情報流通システム「GEMITS」を紹介した。同氏は、「本プロジェクトを日本の救急医療体制のロールモデルにする」と語った。

理想的な救急医療体制を実現する救急医療情報流通システム

 基調講演の冒頭で小倉氏は、「日本では医療関係者の努力によって、?すぐに診てもらえる、?医療の質が高い、?安い医療費、という3つの要件をすべて満たしてきた。しかし、救急医療はその本質からフリーアクセスはあり得ないため、国家の政策として担保すべきこと」と指摘。その上で、理想の救急医療体制は「救急患者が、病態に見合った適切な病院に運ばれ、最適な治療を受けられる体制。つまり、患者の容体に合わせて最も適切な医療資源を有効に活用できる体制でなければならない。その実現のためには、質の高い医療提供が可能な救急隊から医療機関に至る医療従事者を整備し、搬送する手段や救急医療機関そのものも再整備するとともに、バックアップのための情報伝達手段を構築する必要がある」と主張した。

 その高度な救急医療体制を支援する情報伝達手段として構想されたのが、高度情報共有支援システム「GEMSIS」(Gifu Emergency Medical Supporting Intelligent System)。救急病院間の空きベッド情報、医療従事者情報を互いに共有・可視化して、救急隊が救急現場で取得した情報に対して、ユーザーインタフェースや意志決定支援などの情報通信制御によって、最適な病院に患者を搬送することを狙っている。

このコンセプトを具現化し進化させたのが、救急医療情報流通システム「GEMITS」(Global Emergency Medical supporting Intelligent Transport System)。「病院同士が連携するハイウエイを作る。目的は、医療資源を育成し最適に利用することで、困難な状況にある救急医療体制を最適化して再生できることを実証し、岐阜県の例を日本の救急医療体制のロールモデルにすること」(小倉氏)だという。

 GEMITSで進行する様々なプロジェクトの中から、小倉氏は階層別トリアージ(救急度判定)の仕組み、病院間情報連携、患者とそれらの仕組みをつなぐプラットフォームとしてのMEDICA(救急医療情報カード)について解説した。階層別トリアージは、家庭での自己判定、コールセンターでの判定、救急隊員の判定、病院での判定という4段階でトリアージルールを利活用するシーンを階層化。ICT技術によって、各階層に適したトリアージルールを提供する。各シーンでの救急性の判定と患者情報の集積が可能になり、「救急車出動回数の減少、救急病院での適切なリソース配分、適切な救急病院への搬送などが可能になる」(小倉氏)と期待する。

 病院間情報連携は、従来は救急の各専門医の勤務状況や空きベッド状況などを1日1回バッチ処理をして共有していたものを、どの病院で現在何人の救急医が待機し、どの医師が手術室や処置室で対応しているか、どの医師が控え室で待機中であるか、などをリアルタイムで共有する仕組み。その情報によって救急隊員が迅速に最適な病院に搬送できるよう支援する目的がある。

 さらに、救急車両と救急隊員をITで“武装化”して、救急現場の情報を収集し、救急車を通信の中継基地として情報を流通させる体制の構築を進めている。これら救急車両の情報と病院の医療資源などの情報をマッチングして、患者にとって最適な搬送先決定を支援するシステムが、統合エージェントシステムである。

 これらの救急医療情報連携プラットフォームと患者とをつなぐカギとなるのが、ICカードMEDICAだ。救急隊が標準的に聴取すべき内容は、症状と原因の検索(Symptom)、アレルギーの有無(Allergy)、薬物治療の有無(Medication)など、頭文字をとって『SAMPLE』と略されるが、救急現場でこれを聴取するのは非常に難しいのが現状。そこで、アレルギーの有無、薬物治療の有無、現病歴・治療歴の3つの情報を得て、患者の基本情報とともにICカードに格納した。

小倉氏は「救急患者が持つMEDICAを救急隊員が専用端末で読み取り、搬送先病院に正確に情報を伝えることが可能になる。すでに5500人以上が所有し、救急搬送されたうちの3.6%がカードを所有していた。そのうち特に脳神経外科に入院した所有者の再搬送は11%、循環器内科も6%に上り、MEDICAによる事前情報の取得が効果を発揮している」と指摘した。現在は、専用端末で読んだ情報を電話で搬送先病院に伝達しているが、近い将来、車載ITから自動的に搬送先病院に伝送する予定。また、患者情報の読み取りだけでなく、トリアージ支援ソフトも実装できる新しいAndroid端末を開発中だという。

地域医療連携の取り組みを紹介、EHRなど新しい医療のあり方を探る

 ICT医療フォーラムでは、パネルディスカッションも行われた。テーマは「日本版EHRが可能にする新しい医療」。コーディネーターを務めた東京医科歯科大学大学院の田中博氏は、「新しい医療を実現する日本版EHRには、生涯継続性のある健康・疾病管理、地域統合性のある医療・健康管理、日常生活圏基盤のユビキタス健康医療の3つの軸が備わっていなければならない」と指摘。日本版EHRの将来像として、(1)地域の病院同士が連携し1つのサーバーにどの医療機関もアクセスできる地域EHRが全国レベルで統合されていくこと。(2)レセプト情報からナショナルデータベース、生涯健康医療記録と進展する生涯Healthサマリーとが国民ID制度によって一元化されていくこと、が理想だと付け加えた。

 また、保健医療福祉情報システム工業会の富田茂氏は、「地域医療連携の基盤として、医療ITにおける標準化が危急の課題。病院内情報システムの標準化は進んでいるが、病院間連携、地域連携に不可欠な標準化は遅れているのが現状。今後、『標準類』の開発に取り組む」と述べた。九州大学病院の中島直樹氏は、糖尿病専門医の立場から「EHRは生活習慣病の予防・管理や医療・介護連携、子育て支援などの改善に期待できる。結果として労働生産性の維持に貢献できるのでは」と評価した。このほか、東京大学大学院の山本隆一氏が沖縄県浦添市で展開されている3省連携の健康情報活用基盤、香川大学瀬戸内圏研究センターの原量宏氏が「かがわ遠隔医療ネットワーク(K-MIX)」を紹介。日本版EHRが地域医療再生に果たす役割、基盤構築への展望などを討論した。