
富士通は5月13~14日、「富士通フォーラム2010」を東京国際フォーラムで開催した。富士通フォーラムは、同社の製品・ソリューションを網羅した展示会と、それに関連した講演・セミナーで構成されているイベント。医療分野のIT活用関連では、「長崎あじさいネットによる地域医療連携システムの活用」と題して、独立行政法人国立病院機構 長崎医療センター 情報管理運営部長の木村博典氏が講演した。以下は、講演の要旨である。
5年半で患者登録は9750件、加盟施設数は134カ所に
2003年5月、長崎医療センターのある大村市で、地域医療IT化委員会が立ち上がった。長崎医療センターでは、ちょうど電子カルテを導入しようとしていた。この導入した電子カルテの情報を、是非地域で共用しようと話を進めた。2004年11月15日に、電子カルテの内容を、医院やクリニックなど地域のかかりつけ医にも見てもらうシステムを稼働した。これが「あじさいネットワーク(通称あじさいネット)」と言われるシステムである。
あじさいネットが目指すものは、地域での医療の役割分担を進めて、地域の医療の質を向上させること。運用開始して5年半たったが、4月30日の段階で9750件の患者登録がある。現在も月に200件で患者登録が増えている。
例えば、診療所から当院の電子カルテ(富士通のHOPE/地域連携)参照サーバーに情報を見たいというリクエストがあると、院内の電子カルテからこの電子カルテ参照サーバーにデータが送られ、患者プロファイル、病名、診療記録、検査結果、CTなどの画像、入院サマリーなど電子カルテの内容すべてを、診療所の端末から見られるようになる。もちろん、事前に同意を得た患者のカルテのみが公開される。セキュリティ面では、VPNを採用している。各施設内にNTTデータのオンデマンドVPNルーターを設置して、セキュリティを確保している。
変化する利用形態:見るだけから積極活用、高額医療機器の予約利用が増加
登録している患者の情報を、実際にかかりつけ医が利用しているかどうかログを調べた。すると、カルテを調べる回数が増えていることが分かった。2010年4月は、438回ログインで1002件のカルテアクセスがあった。これまでの平均は、401回ログインで736アクセスなので、1回のアクセスで複数の電子カルテを閲覧する医師が増えている。ログイン時刻を調べたところ、87%が診療時間内にアクセスしていた。調査前は診療後が多いと想定していたが、全く予想外だった。実際の診療時に、過去の情報の正確な把握や検査結果の参照などの目的に利用している。
最近、利用に新たな変化が現れた。地域の医師からの、大規模病院に対する高額医療機器の予約利用が増えている。CT、MRIなど大規模病院にしかない機器を使って検査をし、その結果を自身で判断して患者の治療に役立てたい、と考える会員が増えている。利用方法は簡単。まず、医師があじさいネットで予約する。患者は、その病院に行って検査だけ受けて、診察はかかりつけの診療所に戻って受ける。その際、病院側の主治医となる放射線医が、専門家の観点から判断したレポートをつけて返す仕組み。地域の医師にとっては、まるで自身の診療所に機器があるかのように利用できるし、患者が戻ってくる前にレポートや画像で準備できる。5年目には、利用件数の36.8%がこうした高額医療器機器連携で、MRI、CT、乳腺エコーの利用が多い。
また、調剤薬局5カ所にも情報提供を始めた。カルテの中身を参照して、服薬指導できる。2009年4月から9月までの調査では、4カ所の調剤薬局で173件のカルテの閲覧がある。患者一人あたりでは、4回~6回閲覧している。
昨年9月に双方向利用ができるネットワークに変身
かかりつけ医に情報を提供している病院は、長崎県内にある300床以上の病院17施設中10施設にのぼる。一方、カルテを見られる病院が119施設、薬局5施設となっている。当初は大村市だけだったが、現在は県北部や離島にもネットワークが広がった。あじさいネットは、いわば長崎の「バーチャルメガホスピタル」とも言える。

ここに来て、新たなニーズが生じている。複数の病院に通院している患者の情報を見るために地域内で1つのIDによるシングルサインオン、電子カルテのポータルサイト制作、時系列で一元表示管理、診療予約、患者の基本情報を送信、Web上で紹介状を。地域連携メール。専門医にいつでも相談できるようにしたい。情報提供病院間の連携を。必要性が出てきた。
昨年9月から、あじさいネットは第2ステージに入った。地域連携医療プラットフォームとして、いろんな機能をあじさいネットに付加している。まず、双方向のデータやり取りができるようにした。当初は病院からかかりつけ医へと、データ流れは一方通行だった。しかし、医師側から自分たちも情報を送りたいという要望が増えてきたため変更に踏み切った。
また、ポータルサイトも立ち上げた。1つのIDとパスワードで、すべての電子カルテ情報が見られる。NECのID-LINK、富士通のHOPE/地域連携V3の利用者が多いが、どちらのデータも閲覧できる。2つのシステム間で情報交換することで、1つの病院で行われた診療であるかのように、1患者のカルテが時系列従って表示されるシステムが、ほぼできあがりつつある。
紹介状や地域連携パス、患者情報を添付できる安全なメールの導入も
さらに、Web紹介状の発行が可能になった。どの病院に何科のどの医師に紹介したいかを選んで、Web上のボタンをクリックする。紹介状に定型文を使えるほか、紹介元のIDと紹介先のIDを後で相互にひも付けできるので、まだIDを持っていない患者も紹介できる。当院にとっては、あらかじめ患者のカルテ内容を事前に内容を見ることができるので、事前準備ができるメリットがある。また、現状では個人情報があるのでファクスで紹介状を送れないが、あじさいネットなら添書ボタンを押すだけでいい。昨年9月に導入して、これまで196件利用があった。説明会を開催したところ、1~4月でどんどん利用が伸びている。紹介された患者も。8割弱がきちんと紹介先で受診している。
地域連携パスも電子化した。地域連携パスボタンを押すと、パスが登録されている患者のリストが表示される。大腿骨の骨折、心筋梗塞関連、脳卒中、糖尿病のパスを紙で運用していたが、これがネットに乗って上がってくる。書き込みは、エクセルベースでできる。今後はコメディカルも利用できるようなものにしたい。セキュリティ教育、患者からの同意の取り方。
現在進めているのが、地域連携メールの利用。VPNでセキュリティの確保されたメールで、診療情報、個人情報を安全に送ることができる。簡単な礼状、相談、状況報告などに利用でき、添付ファイルがつけられるので、電子カルテ相互閲覧だけでは実現できないような綿密な連携ができる。ただし現在、セキュリティ、特にウイルスチェックの面を検証中なので、添付機能は運用していない。今後は、リアルタイムの着信メッセージ機能。患者IDとのひも付け機能も考えている。
これからは、情報提供病院同士のさらなる連携が求められる。今までは1対1の連携だったが、n対nの連携になり、チーム対チームでの電子カルテ情報共有になる。運営ルールをきちんと決める昼用があるのに加えて、情報リテラシーの向上に関して何らかの対策が必要になる。IPアドレスの重複も考えられるので、地域全体で管理しなければならなくなる。医師の転勤、アクセス権限の設定などの問題もある。IDを見たら所属病院が分かるような、施設のIDに電子カルテのIDを足した感じのあじさいネットのIDを作る準備もしなければならない。つまり、長崎県が1つのチームになる連帯感が必要である。今後も知恵を出しながら、さらに質の高い医療が提供できるようにしたいと考えている。
(本間康裕=医療とIT 企画編集)
※あじさいネットワークの概要
NPO法人長崎地域医療連携ネットワークシステム協議会が運営する、地域連携医療ネットワーク。加盟しているのは、長崎県内にある300床以上の病院17施設中10施設、医院やクリニックが119施設、薬局5施設(2010年5月現在)。料金は、初期経費3万円、月会費4000円(レセプトオンライン請求も希望の場合は5000円)と年間3000円のウイルス対策ソフトライセンス料で、自治体などからの補助金は受けていない。運営は基本的に有志がボランティアで行うが、月2~3回程度会合を行うなど活発な活動を続けている。VPN関連サービスは、NTTデータ中国が提供している。
Webサイト:http://www.ajisai-net.org/ajisai/index.htm