NPO法人日本医療情報ネットワーク協会(JAMINA)は、4月に東京都内でJAMINAセミナー2010を開催した。EHRや医療情報ネットワーク、地域医療へのIT活用などのテーマに加えて、ネットワークを利用したeラーニングで医師を教育する試みなど、興味深い発表が行われた。
女性医師の復職を支援するeラーニングを開始
IT関連事例で目を引いたのが、「女性医師支援におけるe-ラーニングの役割」と題した講演。東京女子医科大学第一生理学主任教授で、女性医師再教育センターのセンター長を兼任する川上順子氏が登壇した。
講演では、まず女性医師の割合の推移について言及した。女性の大学医学部への入学割合は1973年あたりから増え始めて、現在は30%を超えている。女性医師は現在20数%で2050年に30%に達し、医学部への入学割合は50%を超えると予想される。「今年は女性の割合が、50%を超えた大学もある。2008年の統計では、29歳以下の医者の40%が女性。女性医師の多い小児科でも、30代から50代は男性が多いものの、20代は女性医師が多い」(川上氏)。

しかし、女性医師の場合、その後家庭や育児の影響を大きく受ける。東京女子医科大学の卒業生の場合、卒業後3年から10年のカテゴリーで非常勤が23%に達する。これに対して、卒業後2年目までと卒業後20年から30年では非常勤比率は10%以下にとどまる。また、全国医学部病院長会議による調査(2006年)では、女性医師が勤務を続けるのに必要なものは、育児環境29%、職場環境23%、配偶者の理解14%という結果が出ている。
川上氏は「女性医師を復職させるにはどうしたらいいか。子供や夫の仕事の事情で、現場から遠ざかっている人たちに何かできないかと考えて、女性医師再教育センターを立ち上げた」と設立のきっかけに触れた。センターは、グラクソ・スミスクラインとの共同事業で、(1)東京女子医大の卒業生に限定せず広く門戸を開放する、(2)就職を切り離して研修だけをサポートする、の2点をコンセプトとしている。女性医師復職支援で始めた事業だが、性別を問わず誰でも利用できる。1セクションは20分。グラクソ・スミスクラインからeラーニングコンテンツ制作・運営のノウハウを得ているほか、文部科学省の支援を受けている。
(1)については、東京女子医大の卒業生は17%に過ぎず、83%は他大学出身者で占めている。出身大学は、北海道から沖縄まで41大学に加えて、米国の大学もある。(2)については「就職前提の研修は、現場から離れてから時間が経っている医師にハードルが高いと感じさせかねない。従って、すぐに就職する必要はありませんから、まず研修からスタートしてみましょう、という感じで、気軽に受けてもらえるようにして参加者を増やしたい」(川上氏)という。eラーニング形式を採用したのも、時間や場所の制約が少なく、ネット接続環境があれば家庭でも受講できる点を重視したためだ。現在登録者数は2400人を超え、50%が医師でその65%が女性。残りの半分は、薬剤師、看護師などコメディカルが占める。
今後の課題としては「現在のコンテンツは臨場感に欠けるので、講義型でなく双方向性のコンテンツに変えていきたい。自宅から参加できる、診療所形式での実験的研修などが考えられる」と川上氏。「休職している医師を復職させることができれば、結果として地域医療にも貢献できる」と話を結んだ。
動画を使った内視鏡診断トレーニングシステムを開発
続いて、山口大学大学院医学系研究科応用分子生命科学系専攻(同大工学部知能情報工学科教授)の浜本義彦氏が、「内視鏡教育のためのシミュレーション型教材を用いたeラーニング」について講演した。
浜本氏は、がんの早期発見早期治療を促進するために、eラーニングを活用したシミュレーション型教材を開発した。浜本氏は「2006年からこれまで5年間かけて、医師の育成に利用できるeラーニングシステムと教材を作ってきた」と切り出した。

開発の動機については、次のように述べた。「例えば、胃がんは早期発見で助かる確率が高い。しかし、検診の受診者数の伸び悩みや、内視鏡診断の質的な問題(22.2%と高い偽陰性率)といった問題がある。これを解決するには、レベルの高い内視鏡専門医を多数育成しなければならない。しかし現状では、医学部の教育は内科医による個別指導とテキストが中心。これをeラーニングにすれば動画が使えるので臨場感が増すのに加えて、時間や場所を選ばず繰り返し利用できるため学ぶ機会が増える」。
このシステムを利用すると、1人の患者の診断から治療までを一貫して疑似体験できる。内容は、病変の有無の診断や内視鏡画像の読影など症状に関する問題に加えて、映像を見て病変の範囲をマウスでマークする仮想的なトレーニングなどeラーニングならではのコンテンツもある。浜本氏は「医学生はもちろん、医師の復職支援にも役立つと考える。現在は実証実験が終わったところで、来年度から実際に運用を開始する予定だ。今後は胃がんだけでなく、他の部位のがんにも適用させたい」と語った。
各省庁も地域医療推進を中心に新たな取り組みを開始
各省庁の幹部による講演も行われた。厚生労働省 医政局 政策医療局 医療技術情報推進室室長の山本要氏は、まず電子カルテデータの保存場所に関しての改正に触れた。今年2月に『「診療録等の保存を行う場所について」の一部改正について』(医政発0201第2号/保発0201第1号)の通知が出され、「医療機関等が民間事業者等との契約に基づいて確保した安全な場所に保存する場合」がデータの保存場所として認められた。また、今年度から取り組む事業として、電子署名付き医療情報をやり取りする際に必要となる公開鍵基盤の整備、医療知識基盤データベースの開発を挙げた。
経済産業省 商務情報政策局 医療・福祉機器産業室室長 増永明氏は、今年度取り組む事業として、「地域見守り創出調査研究事業」と「ITを活用した介護業務効率化支援事業」について触れた。地域見守り事業は、医療・介護・福祉・生活支援などの多職種が連携して、高齢者や慢性疾患を抱える患者を、ネットワークやIT機器を活用して“見守る”もの。「多職種連携実現を目標に、まず制度上の課題を見つけ出すのが目的」(増永氏)で、東京都新宿区、長崎県対馬市など7カ所で実施する。介護業務効率化は、介護士が効率的で質の高い介護サービスを提供できる環境作りが目的。情報の電子化・標準化を進めるとともに、バックオフィス業務のアウトソーシングなど効率化も検討課題となる。
(本間康裕=医療とIT 企画編集)
【訂正】
本文中の第2段落と掲載写真のキャプションで、講演者で東京女子医科大学第一生理学主任教授の氏名を川上純子氏と記載しましたが、正しくは川上順子氏でした。お詫びして訂正します。