電子カルテの普及に伴って、クリニカルパスの電子化も進んできている。2007年9月に、クリニカルパスを軸とした電子カルテシステムの運用を開始した大阪府立急性期・総合医療センターは、電子クリニカルパス活用の先駆的な医療機関である。2月に東京・大阪で開催された「NEC医療セミナー 2010」で、同センターのクリニカルパス推進委員会委員長 細見昌弘氏が、電子クリニカルパスのバリアンス分析のさまざまな活用が有用であることを、具体例を挙げながら解説した。
電子クリニカルパス機能を日常的に診療に活用

大阪府立急性期・総合医療センター(以下、総合医療センター)は、大阪府の中核病院。救命救急医療、循環器医療などの急性期医療、他の医療機関では対応が困難な合併症医療、がん、腎移植などの高度専門医療を提供する。768床を備え、1日の入院患者は平均670人、外来数は1日1600人に上る。
2007年9月から、「クリニカルパスを軸とした電子カルテ」をコンセプトに、NECの「MegaOakHR」を運用している。総合医療センターでは、紙パスの時代から「日めくりパス」を運用している。その考え方を基にして開発された電子クリニカルパスが、現在MegaOakHRに実装されている。
総合医療センターでは、現在400以上のパスが電子化されている。入院患者に対する適応率は80%を超え、日めくりパスが診療録の中心となっている。「日めくりパスの特徴は、医師の所見や処置内容、オーダー類、観察記録など、画面上の4つのエリアに集約されていること。診療において、非常に使いやすくなっている」と細見氏は述べる。
日めくりパスの画面は、医師の指示・オーダー、看護師の看護行為をまとめた「タスクエリア」、一般のアウトカムと若干異なり主に患者の観察項目が記録される「アウトカムエリア」、アウトカムから得たバリアンスを記録する「バリアンスエリア」、さまざまな職種のスタッフが記事を入力する「経過記録エリア」、の4つで構成されている。ちなみに、一般にいうアウトカム(医療成果、目標)の指標となるクリティカルインジケータも設けられており、その指標が未達成のときにバリアンスとなる。
バリアンスには、自動発生機能がある。アウトカムエリアに熱や血圧などに対する条件を設定しておくと、その条件に適合すればバリアンスが自動的に発生する。そのデータがバリアンスエリアに転記され、タスクに基づいた対応、どのような状態で発生したかといった情報を付記して、バリアンスデータとして記録される。さらに、同センターのアウトカムの表現方法の特徴として、パス運用の中で患者が苦痛を訴えたといったときの言動をバリアンスとして拾い上げる機能もある。もちろん、クリティカルインジケータに従った判断や診察記録から、バリアンスを手動で発生させることも可能だ。
こうして発生したバリアンスデータの特徴は、単にバリアンスとしてだけでなく、バリアンスの原因や対応、さらにコメントなどを追加編集してバリアンス記録を管理できる点にある。それを分析することで、さまざまな活用が可能になるという。
バリアンス発生条件の設定はバランスが重要
総合医療センターが、昨年1年間に得たアウトカム(観察項目)件数は、約1900万件。細見氏は、その膨大なアウトカムデータの中から欲しい約19万件のデータをバリアンス表に凝縮して、さまざまな分析を試みたという。講演で細見氏は、そうした分析を元にしたクリニカルパスの活用が有効であることを示した。
まず、本来のクリニカルパスとしての分析では、病院全体で適応数の多い小児科の呼吸器疾患のパス、心臓内科の冠動脈造影検査(CAG)のパス、泌尿器科の経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)のパスについて紹介。「パスの分析は、適応数が多いものを選んで行うことが効果的。また、クリティカルインジケータは日々の達成目標であり、この積み重ねがパス目的の達成につながるため、インジケータの未達成が多いパスほど解析を必要としている」(細見氏)と説明した。
小児の呼吸器疾患パスの分析では、バリアンスが発生したアウトカムごとにパスの何日目にバリアンスが何カウントあるかを集計し、その中で幼児に最も多い熱発に着目した。すると、発熱は3日目までに落ち着いてくる傾向があること、5日を経過しても熱が下がらない症例は、詳細に確認する必要があることが分かった。
同時に細見氏は、バリアンスの自動発生機能の利活用では条件設定のバランスが重要である点を強調した。「アウトカムで細かく条件を設定すると、バリアンスが立ちすぎて、記録が煩雑になる。しかも、バリアンス処理がおろそかにされる危険性が高まり、結果的に正確な記録が得られなくなる。反対に、条件設定が少な過ぎると意味のあるデータが取りにくくなる。バリアンスとしてのデータが欲しい場合、バランスを考慮して条件を設定する必要がある」(細見氏)。
バリアンスデータを活用してリスク患者を抽出

続いて細見氏は、「電子クリニカルパスのバリアンスは、ボリュームのあるデータの中から、特定のリスクがある患者を抽出する際にも有効だ」と説明。入院してくる患者から、結核、褥創のリスクの高い患者を探し出すために、バリアンス分析をしたケースに触れた。
「当院では、通常入院の患者さんが入院後に結核感染に気付くケースが年間数例みられる。入院後の感染拡大を防ぐため、入院時にできるだけチェックしたいが、毎日約670人が入院してくるので、全員のレントゲン検査は事実上不可能。そこで、微熱が続き咳の症状がある患者さんのデータだけを集計・分析することで、リスクの高い症例を抽出することが可能」(細見氏)だと指摘した。
総合医療センターでの入院患者の体温データは、1週間で約1万3000件。その中で体温37℃が3回以上カウントされた患者に対して、咳嗽(がいそう)のアウトカムの既定条件を「なし」にしておく。そのうえで1週間に3回以上のバリアンスを発生させた患者データを突き合わせたところ、病院全体で29人に絞ることができたという。「1年分のレントゲン表やベッド移動表を作って、29人の患者さんの胸部レントゲンデータなどとリンクさせると、早い段階で結核であるリスクを検知できる」(細見氏)。
また、褥創のハイリスク患者を抽出するパスを作成、入院時と1週間に1回適応し、K式スケールや下痢症状が続くといった条件を付加してバリアンスを分析すると、褥創リスクの高い患者を簡単に抽出できると解説。「当院では褥創について、1人の専門看護師が予防管理にあたっている。さまざまな褥創管理要件の項目ごとにリレーション表を作ってチェックするのは、週1回でも大変な作業量になる。しかし、褥創リスクパスを活用すると、ハイリスクの患者さんを効率的に抽出できる」(細見氏)。
細見氏は、電子クリニカルパスの特徴として、必要なデータを1つのパスの下に置くことによって、データに関連性を持たせることができる点も挙げた。「データのすべてに対して固有の「パス用セット番号」が発生するが、これをキーにしてデータを検索すれば、各種検査表や看護実施表などさまざまな情報・データを参照しなくても“芋づる式”にデータを抽出できる」(細見氏)。
最後に細見氏は、「バリアンスは、電子カルテの中のデータを結ぶ小さなデータリンクを作る働きがあることわかった。パス自体は、本来データを大きくひとくくりにするという特徴がある。データを解析するときに、パスに組み込まれている、あるいはバリアンスでつながっているデータを利活用すると、非常に便利だ。楽にならなければパスじゃない、という実感を新たにしている」と述べて、講演を締めくくった。(増田克善=委嘱ライター)