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 2010年1月28日、日本経済新聞社は総務省と共催で「ICTによる高度医療社会の実現」と題したシンポジウムを都内で開催した。シンポジウムの第1回は、地域の医師不足解消に向けた遠隔医療の推進をテーマに、講演やパネル討論が行われた。これまでの遠隔医療に関する技術的な進展、実証実験の成果から、遠隔医療が診療面や医療費削減に一定の効果があることが指摘された。その半面、遠隔医療を持続的に事業展開する際に必要な人的体制や運営コストなど、課題も浮き彫りになった。

持続可能な遠隔医療への取り組み

写真1 三重県の医療法人康誠会・東員病院院長の村瀬澄夫氏。ステージ上を動き回りながら地域遠隔医療について熱弁をふるった
写真1 三重県の医療法人康誠会・東員病院院長の村瀬澄夫氏。ステージ上を動き回りながら地域遠隔医療について熱弁をふるった

 基調講演では、三重県の東員病院院長の村瀬澄夫氏(写真1)が「遠隔医療を展望する」と題して講演を行った。村瀬氏は日本遠隔医療学会の初代会長で、信州大学医学部附属病院で遠隔医療について実証研究に取り組んでおり、現在も遠隔医療を推進している。

 村瀬氏はまず、日本の遠隔医療の歴史を振り返った。1967年に電話再診の制度が認められ、71年にCATVを使って日本で最初の遠隔医療の実証実験が開始された。その後、ネットワークのブロードバンド化の進展と相まって、遠隔医療の実施環境が整備されてきたという。村瀬氏は、「ネットワーク基盤が整備され、遠隔医療の実用化による医療支援というフェーズに入ってきた。こうした環境変化により、遠隔医療は『実験から実用化へ』、また『技術指向から需要指向へ』と移りつつある」と指摘した。

 村瀬氏は、遠隔医療の法的解釈にも言及した。医師法20条では、患者を自ら診察しないで治療などをしてはならないと定めている。遠隔医療は患者と実際に対面しないケースであり、診察したことになるのかという議論があった。

 これに対して厚生省(当時)が1997年に、「直接の対面診療と同等ではないにしても、それに代替し得る程度の患者の心身の情報が得られる場合には、ただちに違反となるものではない」との解釈を示した。

 2003年になって、患者の要請を重視する項目が加えられた。具体的には、「離島や僻地で緊急性を要する場合など、遠隔診療によらなければ当面必要な診療を行うことが困難な患者に対してはそれを認めることと、病状が安定している慢性期疾患の患者に対し、在宅酸素療法、在宅難病、在宅糖尿病、ぜんそく、皮膚疾患などの遠隔診療が有益と認められる場合、という解釈が加えられた」(村瀬氏)。

 こうした経緯を踏まえ、遠隔医療の持続可能なモデルを構築しようという取り組みが全国各地で始まっている。村瀬氏は、遠隔医療には大きく分けて医師同士の情報交換や診断支援を行う「D(doctor) to D(doctor)」と、医師が患者に診療を行う「D to P(patient)」の2タイプあると解説した。

 D to Dには、放射線画像を専門医に伝送するテレラジオロジーや、病理画像を専門医に伝送するテレパソロジーなどがある。なかでも、放射線画像を専門医に伝送して遠隔画像診断支援を行う事例が最も多い。これについては「画像診断管理加算1」を算定できる。本来の画像診断加算は、その医療施設に放射線科専門医が在席し、画像診断した場合に請求できるものだが、自病院以外の専門医に診断を依頼し、レポートを受け取ることによっても同様に請求できるようになっている。

 一方、D to Pには、患者宅に健康情報端末などを設置し、測定した生体情報をもとに医療指導や健康管理を実施する在宅遠隔医療があり、数年前から全国各地で実証実験が行われている。岡山県新見市の新見医師会の取り組み(http://niimi-ma.no-ip.com/~ishikai/)もその一つだ。これは、訪問看護と遠隔在宅医療を組み合わせた実証実験で、看護師がコミュニケーション端末を持って患者宅を訪問し、医師が患者の映像を見ながら診察や健康指導を行う。岩手県遠野市では、妊産婦の遠隔検診を行う周産期遠隔医療システム「助産院ねっと・ゆりかご」(http://www.city.tono.iwate.jp/index.cfm/31,13217,145,html)が、公設公営で運用されている。

 村瀬氏は遠隔診療が直面している問題にも言及した。「遠隔医療自体は難しくないが、継続するのは難しい」と指摘する。第一の原因は、マンパワーが足りないこと。ただでさえ医師が不足している中で、他の病院の在宅患者まで引き受けられない、外来や病棟だけで手一杯のところに在宅患者の医療指導まで手が回らないという現実がある。また、遠隔医療の運営費をどのように確保するかという課題もある。モデル事業で展開しているうちは補助金で何とか運営できても、事業としてサービスを受ける人に負担を求める段階になると大きな壁にぶつかる。

 こうした課題に対応する方法として、「看護師が加わることで、医師にすべての負担が集中しないようにした前述の新見市のような体制や、システム運用の技術サポートが重要だ。支援体制の構築がD to Pの在宅遠隔医療を成功させるカギになる」と村瀬氏は主張した。

 一方、運用コスト削減には集約化がキーワードになるとして、遠隔医療を展開する複数の組織での共同利用、クラウドコンピューティング技術の適用、患者の健康指導におけるコールセンター活用などを挙げた。

 加えて村瀬氏は、「遠隔医療では電話番号などで患者を特定し、個人の健康指導カルテを基に指導する仕組みが必要となる。その際に、得られた患者の情報や指導内容などを医師が監修する『スーパーバイザー』という仕組みを作ることで、在宅遠隔医療の質を向上させることができる。また、安全で信頼性の高い共有システム基盤を全国または県単位、あるいは2次医療圏単位で構築・運用し、その基盤上に医師が乗るという運用体制を築くことが遠隔医療サービスを持続させる重要なポイントとなる」と指摘した。

予防医療や安定期の慢性疾患患者に対して遠隔医療は効果あり

写真2 パネル討論の様子。出席者は、金子郁容氏 (慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、司会)、内田健夫氏(日本医師会常任理事)、栗原毅氏(栗原クリニック東京・日本橋院長)、辻正次氏(兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科教授)、本田敏秋氏(岩手県遠野市長)、和才博美氏(NTTコミュニケーションズ社長)、奈良俊哉氏(総務省情報流通行政局地域通信振興課長)
写真2 パネル討論の様子。出席者は、金子郁容氏 (慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、司会)、内田健夫氏(日本医師会常任理事)、栗原毅氏(栗原クリニック東京・日本橋院長)、辻正次氏(兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科教授)、本田敏秋氏(岩手県遠野市長)、和才博美氏(NTTコミュニケーションズ社長)、奈良俊哉氏(総務省情報流通行政局地域通信振興課長)

 「始動する遠隔医療の本格普及」と題されたパネル討論(写真2)では、遠隔医療の実証実験を実施した医師や研究者、自治体首長、ベンダー代表、それぞれの立場から遠隔医療の本格普及に向けて意見が出された。

 日本医師会の常任理事で地域医療対策を担当する内田健夫氏は、医師会としての遠隔医療の基本的な考え方について言及。「まず対面診療が原則。ICTを活用した遠隔医療はそれを補完するものであり、住民ニーズや患者への十分な説明と同意があることが前提」としつつ、医師の不足と偏在、医療格差に対する対策として遠隔医療は有効だと指摘した。

 課題としては、各地の医師会をはじめ、地域全体の医療機関が参画できる仕組みであることが重要としたほか、「現在は電話再診のみ認められている保険診療が、ICTを活用した診療行為などに拡大されるよう、公的問題のクリアが必要となる。それを実現するには、遠隔医療の実績を積むことが最も重要」と述べた。

 栗原クリニック東京・日本橋の栗原毅院長は、東京・奥多摩町で取り組んできたテレビ電話を使った医療相談における成果を紹介した。同町の65歳以上の高齢者、約100人を対象に、地域集会所などにコミュニケーション端末や血液レオロジー測定装置を常設、インターネットで伝送された検出データを基に、コミュニケーション端末で3カ月に4回の健康相談や助言などを行った。

 その結果、対象者の約8割に改善傾向が見られたという。栗原氏は、「公民館などに集まってもらって集団で医療相談を実施、お互いの健康に対する意識向上につながったことが要因のひとつだ。また、健康コンシェルジュと呼ばれるサポート要員が細やかな指導に当たったことが、さらに効果を押し上げる結果につながった」と述べ、過疎地における予防医療と安定期にある慢性疾患の対応に関して、遠隔医療は十分に期待できると指摘した。

 兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科教授の辻正次氏は、福島県・西会津町で実施したテレケア端末による実証実験から、遠隔医療による医療費削減効果を検証した結果を紹介した。

写真3 ViewSend社によるデモンストレーション。フォーラム会場と国立がんセンターをインターネットで結んだ
写真3 ViewSend社によるデモンストレーション。フォーラム会場と国立がんセンターをインターネットで結んだ

 「2002年から5年間のテレケア利用者と非利用者で、年間当たりの保険点数を比較した。全疾病にわたる比較では遠隔医療による効果は見られなかった。しかし、高血圧や糖尿病など慢性疾患については、テレケア利用者の医療費削減効果は年間で1万5688円、21%の医療費削減につながった。しかも、テレケアの利用期間が7年、10年といった長期利用者に効果が大きかった」と述べた。

 一方で、2000年には全国106の自治体で計1万6000台のテレケア端末を利用していたが、2010年1月には12の自治体が利用しているに過ぎないと指摘し、事業継続の難しさを指摘した。

 このほか協賛企業講演として、遠隔医療支援機能付きPACSを開発・販売するViewSend社(本社:東京都台東区)が、同社の製品を使った運用事例を紹介した(写真3)。同社のViewSendは、画像伝送機能を持ったPACSをベースにWebによるテレビ会議機能、コラボレーション機能を付加したもの。同社代表取締役の嗣江建栄(しえ・けんえい)氏が登壇し、フォーラム会場と国立がんセンターをインターネットで結んで、がん症例の画像診断カンファレンスのデモンストレーションを実施した。(増田克善=委嘱ライター)