PR
本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第83巻、第1号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)

匂いセンサに求められる幅広いニーズに応えるため、革新的な検出原理に基づくセンサ素子の開発が進められている。近年、生体の匂い受容の分子メカニズムの解明が進み、昆虫のもつ高性能な匂いの検出が嗅覚受容体によって達成されていることが明らかにされてきた。本稿では筆者らが開発してきた、昆虫の嗅覚受容体を利用した匂いセンサ構築技術の1つ、嗅覚受容体および蛍光タンパク質を遺伝子工学的に組み込んだ昆虫培養細胞で、匂いを蛍光強度変化として長期間可視化できる「センサ細胞」を紹介する。

1.生物規範の嗅覚センサの背景と必要性

 匂いは乱流の影響を受け、気中で不連続な塊(フィラメント)として存在し、時々刻々と分布状態が変化する。また、濃度分布も複雑であることから、匂い発生源の探索は非常に困難である。これまで、ガスセンサと風量計を実装したロボットを用いて、実験環境下で匂い発生源を見つけだすことが試みられてきた1、2)。しかし、高感度かつリアルタイムな匂いの検出が要求される屋外での匂い発生源の探知はいまだに成功していない。自然環境下で、特定の匂いを背景臭から識別し、その匂い源を探索するのはさらに困難なタスクであることは容易に想像がつく。

 一方、昆虫はこのような匂い環境下で、特定の匂いをターゲットに数kmにもわたる匂い源定位を実現している3)。このような匂い源探索には、匂いを高感度でしかもリアルタイムに検知できることが不可欠となる。これまで工学的技術に基づいた匂いセンサや、抗体やアプタマーをセンサ素子とするバイオセンサの開発が進められてきたが、その性能はまだ十分とはいえない4)。最近、昆虫の嗅覚受容細胞に存在する、匂い受容の実体であるタンパク質(嗅覚受容体)の遺伝子が判明し5、6)、遺伝子工学的に昆虫の嗅覚受容細胞の匂い応答特性を改変したり、特定の細胞に嗅覚受容体を発現させたりすることで、高感度でしかもリアルタイム性を備えた匂いセンサ素子を構築する技術が確立されつつある7、8)

 昆虫は、遺伝的にプログラム化された特徴的な歩行あるいは飛行パターンを、匂いの刺激ごとに繰り返すことにより、効率的に匂い源探索を行っている9)。このアルゴリズムで制御される移動ロボットに、昆虫規範の匂いセンサ素子を搭載することで、これまでにない匂い源探索ロボット開発の可能性も出てきた。

 本稿では、筆者らが開発してきた昆虫の嗅覚受容体を利用した匂いセンサ素子について、その開発技術を中心に最新の成果を紹介する。