ノーベル賞特集
目次
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ノーベル賞受賞者に囲まれた天野氏
スウェーデン大使主催のノーベル賞祝賀会から
2014年11月21日、スウェーデン大使公邸において、赤崎勇氏(名城大学)、天野浩氏(名古屋大学)、中村修二氏(米University of California Santa Barbara校)のノーベル物理学賞受賞を記念して祝賀会が催された。祝賀会には赤崎氏と天野氏の他、過去のノーベル賞受賞者や…
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「小川社長とお会いし日亜との関係を改善したい」、中村氏が会見
ノーベル賞の賞金の半分を徳島大に寄付
ノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏は2014年11月3日、文化勲章が同氏に贈られたことを受けて、東京都内で報道機関向けの会見を開催した。席上、同氏は文化勲章やノーベル賞の受賞を契機にして、特許裁判などで関係が悪化した日亜化学工業との関係改善を図りたいことを強調した。「お互いいろいろと誤解があったと…
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天野氏が挑むGaNパワー素子
ナノワイヤーLEDや赤色のGaN系半導体レーザーにも関心
ノーベル物理学賞を受賞した天野浩氏は2014年10月24日、文化勲章が同氏に贈られたことを受けて、所属する名古屋大学で報道機関向けの会見を開催した。その中で、記者からの質問に受ける形で、同氏が現在力を入れて取り組んでいる研究について紹介した。
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「もうすぐ、レーザーでも大きな変革が起きる」
UCSB中村修二氏のインタビューから
2014年のノーベル物理学賞を受賞した米University of California Santa Barbara校(UCSB) 教授の中村修二氏が、現在の心中を語った。青色LEDを実用化した経緯や現在の研究テーマを始め、同氏らが立ち上げたベンチャー企業、その経験から感じた日本と米国のベンチャー…
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ノーベル賞で注目のGaN研究の歴史を振り返る
GaNパワー素子の開発が活発に、ノーマリー・オフ動作にも道筋
窒化ガリウム(GaN)は、もともとは青色LEDや次世代DVD向け半導体レーザ用の材料として研究が進められた。その結果、GaNを用いた高輝度な青色LEDや緑色LED、Blu-ray Disc用の青紫色半導体レーザが製品化され、普及している。
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青色LEDのノーベル賞、最後まで分からなかったのは…
高輝度青色発光ダイオード(LED)の発明で、赤崎勇氏(名城大学)、天野浩氏(名古屋大学)、中村修二氏(米University of California Santa Barbara校)の3氏が2014年のノーベル物理学賞を受賞した。青色LEDに関しては、「白色LEDが普及し始めた5年ほど前から、ノ…
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赤崎氏と天野氏がそろった初会見、喜び合う師弟
名古屋大学大学院 工学研究科 教授の天野浩氏の帰国後の記者会見の後、2014年ノーベル物理学賞の同時受賞者で天野氏の指導教官でもあった赤崎勇氏(名城大学 終身教授、名古屋大学 特別教授)と共に会見に臨んだ。
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「きれいな結晶ができた瞬間は言葉にならないほど感動した」、ノーベル賞の天野氏が会見
2014年ノーベル物理学賞の受賞者の1人である、名古屋大学大学院 工学研究科 教授の天野浩氏が10月10日に帰国し、同大学で記者会見を開催した。会場には多くの報道機関が集まり、質問が飛び交った。会場からは、高品質なGaN結晶ができたときの当時の感想を求められ、「それまで千数百回も磨りガラス状の汚い…
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「先生、おかえりなさい」、天野氏が帰国、名古屋大学へ
ノーベル物理学賞の受賞者の1人である、名古屋大学大学院 工学研究科 教授の天野浩氏が帰国した。同氏はこれまで海外へ出張しており、2014年10月10日朝に空港に着いた。その足で名古屋大学に移動。名古屋大学総長をはじめ、多くの大学関係者が出迎えた。天野氏は花束を受け取ると、受賞の喜びを語った。
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青色LEDに対するノーベル賞、なぜ今年だったか
赤崎氏、天野氏、そして中村氏による青色LEDの発明については、何年も前からノーベル賞の受賞を期待する声があった。そしてこれまでは、毎年受賞を逃してがっかりする、の繰り返しだった。なぜ今年は受賞できたのか。
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“エレクトロニクス賞”に近づくノーベル物理学賞
2014年のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオード(LED)の開発に携わった赤崎勇氏ら3人が受賞した。多くの室内照明が白熱灯や蛍光灯からLED照明に今まさに変わりつつある中、社会へのインパクトの大きさは、物理学に詳しくない一般の人でも分かりやすい。
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苦境に陥ればこそ,新たなアイデアがわく―中村修二氏が語る渡米後の生活
中村修二氏(University of California Santa Barbara, Materials Department, Professor)
日亜化学工業時代に比べて3倍くらい忙しくなりましたね。会社を辞める直前は,自分は直接研究にタッチできずに,机の前でぼけっとしている毎日でした。研究に関する指示は,私を素通りして上司から部下に伝えられていましたから。米国に移ってからは早いときで朝6時半にはオフィスに来て,夜10時くらいまでずっと働いて…
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中村修二氏が語る、青色LED開発前に学んだ2つの重要なこと
営業活動で顧客の意見に耳を傾け、クレーム処理まで対応した10年
研究から製造、品質管理はもちろんのこと営業活動で顧客の意見に耳を傾け、クレーム処理まで対応した10年間。その間に技術者として大切な心構えを学んだ。企業人としての多くの失意と少しばかりの成功が後の青色発光ダイオード(LED)につながる貴重な経験だった