自由を手に入れた
――建設中の研究室が完成すると,本格的に研究生活が始まりますね。いまはそのための助走期間でしょうか。

中村氏 そうですね。研究室を立ち上げるためには,講義と並行して予算集めもしないといけない。私の研究費はもう底を突いているんですよ。去年教授に就任したときに大学からもらった準備資金は,研究室づくりに全部つぎ込んでしまいましたから。ともかくいまは講義と資金集めで手一杯。正直な話,この状況で研究が始まったら,てんてこ舞いです。
――本当は研究に取り組みたいんですよね。そのためには資金集めや講義はやむを得ないと。
中村氏 ここの大学は厳しいんですよ。9カ月分の給料をくれるだけ。あとは自分で勝手にやらなければいけない。僕も準備資金を使い果たしたので,これからは自分で研究費を稼がないといけないんです。雇っている5人の学生と助手の人件費だけで年間約20万米ドル。あと設備費,維持費を入れたら日本円にして年間1億円は超えます。これを自分で集めなければ,「破産」ですから。
――個人で事業をしているのと同じですね。
中村氏 そうです。大学教授は中小企業の社長なんですよ。ともかく研究室を維持するための金集めが先決です。
――日亜化学工業で研究に没頭していたころに比べると,研究に割ける時間は必然的に減りますね。
中村氏 そりゃもう,いまのままでは研究している時間なんかほとんどない。
――それでも企業でなく大学にこだわるのはなぜですか。日亜化学工業を辞めるときに,ある企業からは5億円ほどの年俸を提示されたと以前伺いましたが。
中村氏 自由が手に入ることですね。こっちの教授は,コンサルタントを2,3社掛け持ちするのが普通です。しかも,良い研究成果が出れば会社を興すこともできる。実際,自分の会社をもっている人が半分くらいいます。実力さえあれば,何をやってもいい。やればやるほど稼げる。大学からの収入は,ほんの小遣い程度なんですよ。一方で企業,特に日本の企業では,自分のやりたいように研究や事業を進めるには,制約がいっぱいあります。社長命令は絶対です。多少は無視できてもサラリーマンとしては限界がありますよね。こうした傾向は会社が大きくなればなるほど強まる。