GaN研究の歴史
GaNパワー素子の詳しい話の前に、GaNに関する研究の歴史を簡単に振り返りたい。半導体材料としてのGaNの発展を阻む壁は、SiCと同じく結晶成長だった。研究初期の技術では、GaNのバルク結晶の合成が非常に難しかった。そのため、GaN以外の基板を使用しなければならなかった。
GaN結晶は、アンモニアを用いた気相法で成長させる。このとき、1000℃以上の成長温度が必要である。そこで、高温のアンモニア雰囲気下でも安定な基板として、単結晶のサファイア(Al2O3)が注目されていた。しかし、GaNとサファイアは、化学的性質(化学結合)や熱膨張係数、格子定数が大きく異なるため、サファイア上に成長したGaN結晶の表面はすりガラスのように荒れていた。加えて、結晶欠陥が非常に多く、半導体素子に利用可能な品質のGaNを得られなかった。
この状況が打開されたのは1986年。長年GaNの結晶成長に取り組んできた名古屋大学工学部教授(当時)の赤崎勇氏(現・名古屋大学 特別教授、名城大学 教授)が「低温堆積バッファ層技術」を開発したことによる。同技術によって、サファイア基板上に、結晶欠陥が少なく、かつ平坦なGaN結晶を成長させることが可能になった。
低温堆積バッファ層技術では、サファイア基板とGaNのエピタキシャル層の間に低温で堆積した緩衝層(バッファ層)を設ける(図1)。赤崎氏らはGaNと同じIII族の窒化物材料である窒化アルミニウム(AlN)をバッファ層として堆積した。
低温堆積は高品質結晶成長には不適とされているが、結晶が付着しやすいという特徴がある。この低温堆積によって、GaN結晶の成長のきっかけになるAlNの薄膜をサファイアの表面に均一に形成することがカギを握る。バッファ層を堆積後に温度を上昇させて、GaNを成長させることで、従来の方法では決して得られなかった、鏡のように平坦な表面をもつGaN結晶を得られたわけだ。このGaN結晶は、それまでのGaN結晶に比べると、結晶欠陥が大幅に少なく、半導体素子の研究に利用できる品質だった。
その後、赤崎氏らは低温堆積バッファ層技術によって作製した高品質GaNを用いて、当時、不可能と考えられていたGaNのp型のドーピングに成功した。これにより、GaNで初めてpn接合によるLEDの作製に成功した。これが、現在のGaN系発光素子の礎になった。