GaAsの10倍の絶縁破壊電界強度
当初、GaNは青色LEDの材料として研究されていたが、高品質なGaNを得られるようになると、他分野への応用が検討されるようになる。当時用いられていたGaAs(ガリウム砒素)系高周波トランジスタでは実現できない大きな出力電力を達成できる材料として、GaNが注目され始めた。
その理由は二つある。一つは、GaNの絶縁破壊電界強度がGaAsに比べて約10倍と大きいこと。同強度が高いほど、より高い電圧で動作する高周波トランジスタを実現できる(表1)。増幅器を高電圧で動作させれば、大きな出力を得られる。
もう一つの理由は、GaNとAlNを混ぜ合わせたAlxGa1-xN混晶(以後、AlGaN)とGaNを積層した、AlGaN/GaNの「ヘテロ構造」にすれば、「2次元電子ガス」を活用できることである。2次元電子ガスは高い電子移動度を示し、高周波動作に向く。GaAs系では、AlGaAs/GaAsヘテロ構造を用いた高電子移動度トランジスタ(HEMT)が実用化されて既に普及している。家庭で手軽に衛星放送が楽しめるようになったのは、パラボラ・アンテナに内蔵されたAlGaAs/GaAs HEMTのおかげである。
このGaAs系HEMTの事例を参考に、GaN系半導体でAlGaN/GaN HEMTを作製すれば、高周波で、かつ、高出力なトランジスタが作製可能で、移動体通信の基地局や通信衛星、レーダなど、大出力が必要な分野で活用できると期待された。
1994年に最初のAlGaN/GaN HEMTを試作したのは、米国の研究者である。その後、研究が進むにつれて、AlGaN/GaNにはAlGaAs/GaAsにはない独特の性質があることが判明した(図2)。それは、AlGaNとGaNが持つ強い分極によって、Al-GaN/GaNの界面に極めて高い濃度の2次元電子ガスが誘起される現象である。
高濃度で、かつ移動度が大きい、つまり非常に低い抵抗を実現できる2次元電子ガスは、高周波トランジスタの性能向上に向く。当初は多くの技術的課題があったものの、2000年ごろには、非常に高性能なAlGaN/GaNの高周波トランジスタが実用化され、実際に基地局などに採用されている。