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本記事は、応用物理学会発行の機関誌『応用物理』、第83巻、第8号に掲載されたものの抜粋です。全文を閲覧するには応用物理学会の会員登録が必要です。会員登録に関して詳しくはこちらから(応用物理学会のホームページへのリンク)。全文を閲覧するにはこちらから(応用物理学会のホームページ内、当該記事へのリンク)

科学衛星搭載用の半導体デバイスは、民生用デバイスと同様に、微細化と新構造・新材料の導入が進む。強い電離作用を有する宇宙放射線にさらされる宇宙環境で、このナノスケールの世界に起こる物理現象とデバイス・回路の応答を実験およびシミュレーションで解き明かし、宇宙科学の発展に貢献する宇宙用半導体デバイスの開発を目指している。

1. まえがき

 東京大学の糸川英夫らが開発したペンシルロケット技術を礎として、我が国は1970年に日本初の人工衛星「おおすみ」を軌道に送りこんだ。世界で4番めの快挙であった。宇宙科学研究所(宇宙研:ISAS)はその伝統を受け継いで、これまでに34機の科学衛星・探査機(宇宙機)を地球周回軌道や惑星間空間に送り出し、天文観測・太陽系科学・宇宙環境利用科学・宇宙工学の研究を、理学と工学の研究者が一体となって進めてきた。2010年に小惑星イトカワからサンプルを持ち帰った探査機「はやぶさ」は、太陽系科学と宇宙工学の研究者が結集したビッグプロジェクトであった。本稿では、宇宙研で行っている、宇宙用半導体デバイスの研究と開発を紹介する。

2. 宇宙用半導体デバイスの研究

 私たちの体を構成する「星のかけら」と同様に、宇宙放射線(荷電粒子)は超新星爆発や太陽活動により飛び出した「星のかけら」である。エネルギーが106~1020eVと極めて高いため、その1粒が宇宙機に搭載された半導体デバイスを貫通しても、放射化(イオン化)作用により大量(数百万個以上)の電子・正孔対をデバイス内に瞬時に発生させる。その結果、①過渡電流(数十PS~数MS)が回路を流れ、メモリなどの保持データ反転・ラッチアップ・出力波形の乱れなどとなる。また、②発生した電荷がゲート酸化膜などの絶縁膜に捕獲されMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)のしきい値が変動する結果、リーク電流増大・動作不良に至ることがある(図1)。太陽電池やフォトカプラなどの欠陥生成による劣化を除けば、これが宇宙放射線による半導体デバイスの誤動作や故障の基本原理であり1~3)、民生デバイスの宇宙線中性子によるソフトエラーや電気ストレスに起因する誤動作や故障と本質的に同じであることがわかる。

図1 宇宙放射線が宇宙機に搭載された半導体デバイスに与える影響。

 微細化や新構造・新材料の導入が進む宇宙用デバイスに対する放射線の影響は宇宙機の故障原因の1つであり、世界でその研究が続けられている。これまで宇宙用半導体デバイスの主流プロセスはバルクシリコンプロセスであったが、我々は潜在的放射線耐性の高いSOI(Silicon On Insulator)プロセスに注目した。バルクデバイスとは異なる構造をもつSOIデバイスやSiO2/Si界面を対象として、宇宙放射線の貫通によって半導体デバイス内に発生した電荷の収集・蓄積によるデバイス応答・劣化と、それによって引き起こされる回路応答などを、重イオン照射実験・3次元デバイス回路混在シミュレーション4~11)、あるいはX線光電子分光実験・第一原理計算などを用いて研究12、13)している。