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ノーベル物理学賞の受賞直後は、感無量と言っていた中村氏。しかし、日に日に不満は膨らんでいった。それはいったいなぜなのか。その思いを抱きつつ、自ら立ち上げたベンチャー企業で、彼は何をしようとしているのか。2014年10月中旬に一時帰国した中村氏は、その心中を吐露した。

 「今回がダメなら、もう取れないんじゃないかと思っていました」

 ノーベル物理学賞の受賞が決まった中村修二・米カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授は、こう切り出した。

 「ノーベル物理学賞の歴代受賞を見ると、ほとんどが基礎理論の研究ですよね。やっぱりモノ作りでは、受賞は無理なのかってね」(中村教授)

一時帰国した中村教授は、受賞について喜びを表すとともに、不満も抱えていた(写真:栗原克己)
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 1993年11月末に高輝度青色LEDの実用化を発表した直後から、ことあるごとに中村教授(当時は日亜化学工業の従業員)がノーベル物理学賞を受賞するのではないかとの噂が飛び交った。日本だけでなく、こうした声は欧米でも少なくなかった。その一方で、「受賞は難しいのではないか」との見方をしていた日本人ノーベル物理学賞受賞者もいた。元筑波大学学長の江崎玲於奈氏である。

 99年夏、江崎氏は「中村修二さんはノーベル物理学賞を受賞できるだろうか」との質問に対し、柔和な表情を崩すことなくこう答えたものだ。

 「中村さんは日本人に珍しい、サプライズ(驚き)を与える研究者だ。マーベリックという言葉があるでしょ、焼き印の無い家畜のことです。まさにこれで、中村さんは学会や派閥にとらわれない一匹狼の研究者。それでいて、驚くべき成果を次々と打ち立ててくれる。しかし、ノーベル物理学賞はどうでしょうか。彼の場合、今までに知られていなかった物理現象を発見したわけではないですからね」

 しかし今回の結果は、そうした前例や憶測を見事に覆すものだった。