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 本記事は、日経WinPC2010年11月号に掲載した連載「CPU今昔物語」を再掲したものです。社名や肩書などは掲載時のものです。
日本の8ビットパソコンを支えたZ-80
日本メーカーのほとんどが、パソコンの心臓部にZ-80かその互換CPUを採用した。NECのPC-8001のほか、シャープのMZ-80Kといった初期のものだけでなく、後に登場するMSX仕様の各機種、東芝、ソニーなどがZ-80を使った。CPU-World(http://www.cpu-world.com)の提供。
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 「ロクハチ」対「ハチマル」─。日本のパソコン市場の最初期から、この両者の争いは始まっていた。全体的に言えば、ハチマルの勝利と言ってもよいだろう。ワンボードマイコン時代に「MC6800」互換CPUを採用したのは日立製作所と富士通だったが、最初期にPCとしてロクハチ系を採用したのは、日立製作所だけだった。第5話でも触れたように、BASICインタープリターの性能で比較すると、MC6800に比べ「Z-80」に分があったこともあり、多くの日本のメーカーはZ-80を採用したからだ。一方でApple Computer(当時)の「Apple II」や、Commodoreの「PET-2001」のような、米国でロクハチ系を支えた「MCS6502」を搭載した有力な国産PCは登場しなかった。

8ビット“全盛”時代
1970年代後半から80年代前半にかけて、8ビットPCは全盛期を迎えた。米国ではビジネス利用も始まっていたが、日本では大半がホビー用途だった。漢字の入力および表示が困難だったためだ。一方でCPUの16ビット品も登場した。

 国内でハチマル系の優位を確実にした存在が、NECの「PC-8001」だ。シャープの「MZ-80K」などが先行していたが、電源オンですぐにBASICインタープリターが起動し、カラー表示が使えるPC-8001は、1979年5月に開催された「マイクロコンピュータショウ」における目玉だった。

 既にNECは、ワンボードマイコン時代にNECの「TK-80」と「TK-80BS」で市場をけん引していた。そのNECが満を持して出すPCとして、雑誌では発売前から特集が組まれるなど、期待は否が応にも高まっていた。

 当時シャープのMZ-80Kと日立の「ベーシックマスター」と合わせ、日本の“御三家”と呼ばれていたが、これらの中で唯一Microsoft製の「N-BASIC」を搭載したことも特徴となっている。TK-80BSでは独自開発のBASICインタープリターを搭載していたが、PC-8001ではMicrosoft製に切り替えた。性能だけで言えば、自社開発したBASICインタープリターの方が高速な面もあったという。しかし機能面ではMicrosoftの方が優位だったため、採用に踏み切った。

シャープのMZ-80K
Z-80を搭載した「国内8ビットPC御三家」の一角。1978年12月発売。価格は19万8000円。電卓風の直角に並んだキーボードのレイアウトやカセットテープレコーダーとCRTの一体化など、PET-2001のデザインの影響を感じさせる。
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 キーボードと一体化した本体の形状は、当時としてはオーソドックスだ。当時のPCはディスプレイを合わせて一体化したものか、ディスプレイのみ別となっていた。前者はPET-2001やMZ-80Kであり、後者はApple IIや「TRS-80」などである。後者は表示装置に一般的なテレビを使うことで、全体のコストを下げる狙いがあった。当時はCPUや周辺LSIなどがそれほど熱を持つわけではなく、キーボードと一体化してコンパクトに収めることが重要だったのだろう。

 PC-8001は表示装置としてテレビだけでなく、別途専用ディスプレイをオプションで用意していた。カラーディスプレイは21万9000円と、本体よりも約5万円高い価格で、「キレイに表示できるが、あまりに高価」という印象があった。

 またファンクションキーを採用している点も目を引く。米国御三家にも日本の御三家にもなかった特徴だ。ファンクションキーという考え方自体は特別に目新しいわけではなかったが、PCへの採用では早かった。

NECのPC-8001
1979年9月発表。価格は16万8000円。電源を投入するとすぐにBASICが使えたことや、いち早くカラー化に対応したことなどから、国内のホビーPC市場を切り開いた。この成功が後にNECがPC市場で成功する礎となった。
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