「Who the hell is he?(何だ,あいつは?)」
2001年夏。米国西海岸のSanta Barbara。人々が日光浴に興じている浜辺に,アタッシェ・ケースを手にしたジャケット姿の場違いな東洋人が現れた。周りを見回した男は,おもむろにノート・パソコンを取り出し,浜辺の片隅に置いた。何をするかと思いきや,手にしたカメラでノート・パソコンを撮影し始める。構図を決めるためか,ファインダーをのぞきながらパソコンの周りをうろうろ歩く。カメラマンばりの凝りようだ。けげんな顔で見つめる海水浴客には目もくれず,男はうれしそうに撮影を続けた。
この男は,東芝でHDDの開発を進める田中陽一郎だった。彼が持ってきたノート・パソコンには,垂直記録方式を用いたHDDが収まっていた。長手記録方式を使った既存のHDDと同様に動作する試作機が,既に出来上がっていたのである。
念願の試作機が完成したのは2001年春。田中は信頼性試験もそこそこに,早速ノート・パソコンに組み込んで出張のたびに持ち出していた。国内だけでは飽き足らず,2001年5月の海外出張を皮切りに海外へも試作機を連れ出した。