
PEFC包囲網が完成した。SOFCがPEFC追撃を本格化した。これでは「コージエネではまずPEFC,次世代がSOFC」という暗黙のロードマップが足元から崩れてしまう。PEFCを取り囲むSOFC,MCFC,PAFCの状況はどうか,実力はどうなのか。
Part 1 総論 |
PEFCの背中が見えてきた |
Part 2 56%ショック |
SOFC |
Part 3 3億ドルショック |
MCFC |
Part 4 5000kWショック |
PAFC |
![]() |
総論 |
PEFCの背中が見えてきた |
PEFC主導の燃料電池開発競争に変調が起きた。 |
実際に人が住んでいる住宅での運転実績,しかも発電効率は49%…SOFCが追ってくる。PEFC勢には衝撃だっただろう。発表の翌日である5月16日,東京・船堀で開かれた「燃料電池シンポジウム」の会場で旧知の技術者に声を掛けると,例外なく「その件はノーコメント」だった。
大きくリードした・・・はずだった
燃料電池の開発で現在トップを走るのは,疑いもなくPEFCである。関東地区にお住まいの方なら「家庭用燃料電池設置者募集」という新聞広告をご覧になったことがあるだろう。戸建住宅に住んでいる,契約料100万円を出せる,モニターとして協力できる・・・など条件はいろいろあるのだが,手を挙げれば誰でも燃料電池を設置できる時代になった。PEFCの開発はそこまで進んだ。
だから「本命」PEFCの優位は揺るがないと考えられてきた。SOFCは「対抗」であり「次世代」でしかなかった。そこに飛び出したのがSOFCの意外な健闘である。たった1軒だが,研究室でなく実際に住んでいる住宅での実績という意味ではPEFCと並んだことになる。
問題の発表をしたのは大阪ガスと京セラ。以前から開発してきた1kWの家庭用SOFCコージェネレーション・システムを大阪ガスの実験集合住宅「NEXT21」に設置して運用試験をした(図)。
住宅は4人家族向けで,床面積は108m2。2005年の11月下旬から2006年3月上旬まで,年末年始を除く約90日間実験し,総発電時間は約2000時間に達した。実際に日常生活をし,コージェネレーション・システムの稼働状況のデータを集め,分析した。
図●試験機
発電部(左)の寸法は奥行き48×高さ98×幅70cm。燃料は都市ガスで,セルは約200本,運転温度は約750℃。試験機貯湯ユニット(右,柵に隠れている)の貯湯量は100L,寸法は奥行き40×高さ145×幅65cm。貯湯温度は約70℃。
![]() |
56%ショック |
2強は既に効率競争 |
「高い」とはいわれてきたSOFCの効率。 |
2006年4月に三菱マテリアルが56%を発表すれば,5月には京セラが56.1%を発表(図)。SOFCの発電効率(DC端,LHV基準)の話である。本質的には0.1%の違いにこだわる必要はないのだが,競争が熾烈な証拠といえる。
実験室を飛び出して
両社を“2強”と呼んで差し支えないだろう。長い間「1000℃以上は必要」が常識だったSOFCの世界に 800℃のタイプで名乗りを上げ,短期間に技術を進歩させてきた。
1000℃を800℃にすると電解質の電気抵抗が増える。この解決策として,三菱マテリアルは電解質の材質を工夫した。一方の京セラは,セルの構造を工夫して電解質を薄くした。対照的なアプローチを取りながら実力は拮抗,今回も極めて近い数字を発表した。
2強は基礎研究の段階から着実に実用への階段を上り始めた。三菱マテリアルが56%を出した設備は発電能力10kW級で,1世代前の設備の10倍の規模だ。京セラは2.5kW級と小さめだが,Part1でも紹介したように,基本的に共通の電池を家庭に持ち込んで実証試験を開始した。運転開始でいうと京セラは2003年着手,三菱マテリアルは2004年着手。その少し前には1セルや数セルの小さな実験装置で起電力を測っていたことが信じられないような進歩である。
三菱マテリアルの成果は,関西電力と共同開発したもの。電解質にランタンガレート系酸化物〔La(Sr)Ga(Mg,Co)O3〕,燃料極に(CeO2)1-X(SmO1.5)XのサーメットとNi,空気極にはSm(Sr)CoO3を使った円形平板形のモジュールだ1)。0.8kW級の内部マニホールド型スタックを2行,2列,4段の計16個並べた10kW級のモジュールで,直流発電効率56%を達成した。実は,発表こそしていないが,2005年4月には1kW級発電モジュールで60%(LHV基準)を実現していた。
図●三菱マテリアルの10kW級発電モジュール
![]() |
3億ドルショック |
上陸する米国製電池 |
米国製のMCFCが,日本の工場に続々と入ってきた。 |
日本各地の工場でMCFCが働き始めた。2003年にキリンビールの取手工場,2005年にエプソントヨコムの伊那事業所。さらに2006年には日本ガイシの名古屋工場,シャープの亀山第二工場と,次の計画も控えている。
これらのMCFC,実はすべて米FCE(Fuel Cell Energy)社製である。米国の株式店頭市場NASDAQ(National Association of Securities Dealers Automated Quotations)で資金を集めたベンチャー企業だ。2004年1月現在の資産は3億米ドル。米国ではリスクマネーが燃料電池の開発費として流れ込んでいる。
リスクマネーあればこそ
資金が大きいだけに,FCE社の工場は本格的なもの。6000m2の敷地に巨大な工場を建て,既に50MW/年という生産能力を持っている世界最大の燃料電池工場である(図)。この建屋のままで150MW/年まで増やせ,さらに周辺の土地を買い足して400MW/年にまで拡大する余地があるという。「燃料電池車が実用化したとき,PEFCの工場はこうなっているだろう」という状況を先取りしたような量産工場である。
これほどの量産規模だから造り方も豪快。ロールから引き出したテープに連続した工程で粉を塗る。それを切断して畳1枚分もあるようなワークにする。製法はテープ・キャスティングなのだが,この大きさで“テープ”と呼ぶのは抵抗がある。むしろ“原反”といえる。このワークを,パンを焼くようなトンネル型の炉で乾燥させて電解質の素材を造る。電極の場合はさらに炉で焼結して電極,あるいは電解質を作るという。
製法として特徴的なのは,電解質である溶融炭酸塩を電極に染み込ませていること。“溶融”炭酸塩は液相であるため,マトリックスと呼ぶ構造体に染み込ませて電解質として使う。生産時にはマトリックスでなく電極の方に染み込ませておき,組み立ててから加熱する。すると表面エネルギに差があるため,電解質がマトリックスに移動し,燃料電池として機能する。
図●FCE社の工場
現在のところ「世界最大の燃料電池工場」だ。
![]() |
5000kWショック |
実はすごいんです |
25年以上も前から熟成を進めてきたPAFC。 |
現在,国内で一番多くの商用電力を作り出している燃料電池は何か…。その圧倒的な存在感とは裏腹なことに,実はPEFCではなくPAFCだ(図1)。失礼ながら,あまり話題にならないのにもかかわらずである。
2005年度末に国内で運転中していたPAFCは合計5000kW程度と推定できる。これを追うのがMCFCで2000Kw弱,同じ時期にPEFCは400kWだから大きな差がある。PEFCは2006年度に入って700kWの計画があるから差を詰めてくるが,まだまだ差は大きい。自動車用のPEFCは1台で100kWの能力があるが,商用といえるかどうか微妙なものがあるし,24時間連続稼働しているPAFCには発電量ではかなわない。
若い者には負けません
PAFCの強みはその実績。富士電機は累積で105台のPAFCを作って運転してきた。MCFCと同様,NEDOのプロジェクトとして着手したのが1981年。それから25年,重電各社が脱落する中,富士電機だけが残って基礎研究を続けてきた。
しかし,残念ながらその大半は苦難の歴史だったという。初期のPAFCが「大失敗」であったことは同社燃料電池部部長の岡嘉弘氏も認めるところ。3000時間でダメになる,肝心のリン酸が減る,触媒が効かなくなる・・・次々と問題を起こして,電池が工場に担ぎ込まれてきた。
若いころの苦労は買ってでもしろ・・・その“経験値”が今では財産になった。問題を起こして戻ってきたのだから,105台のほとんどは既に解体して調査が済んでいる。ほかの方式がこれから経験するかもしれないことを既に経験している。学会発表レベルで良い成果を上げている各社も,商品化までにどんな大変な目に遭うか,PAFCに学ぶことは多いはずだ。
図●富士電機の100kW級PAFC