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「勝つ設計」は,日本のVEの第一人者である佐藤嘉彦氏のコラム。ただ安さばかりを求めて技術を流出し,競争力や創造力を失った日本。管理技術がこれまでの成長を支えてきたという教訓を忘れた製造業。こうした現状を打破し,再び栄光をつかむための製品開発の在り方を考える。

 唐突だが,今回は読者への質問から始めたい。

 「あなたが今携わっている仕事,その商品はいくらで造り,いくらで売りますか。そして,いつまで販売し続け,いくらの売り上げ,いくらの利益を会社にもたらしますか」。

 さて,この質問に,どれくらいの方がきちんと答えられるだろうか。筆者の経験からいえば,多分,ほとんどの方が答えられないのではないか。「あそこにある資料をひもとけば…」と,即答はできないものの資料の存在を的確に言える方がいたとしたら,それも天文学的に低い確率ではなかろうか。

 我々は,商いにかかわる「重要な目標」を「ビジネスの目標」に置き換え,それに基づいて企業活動をしている。それにもかかわらず,冒頭の質問に答えられる方,あるいは資料の在りかを認識している方がほとんどいないとしたら,いささか心もとない。それで,本当に商いをしているといえるのか,と問いたくなってしまう。

 と,まあ,初っぱなから厳しいことを書いたが,かくいう筆者も何度となく,あいまいなビジネスや,興味のあるところにばかり熱を入れたビジネスをするという失敗を繰り返した。しかし今振り返れば,これから語るビジネスプランを共有してからというもの,ようやく全社一丸となったものづくりが推進されるようになったと思う。それだけ,ビジネスプランは大事なのだ。

〔以下,日経ものづくり2009年6月号に掲載〕

佐藤嘉彦(さとう・よしひこ)
VPM技術研究所 所長
1944年生まれ。1963年に,いすゞ自動車入社。原価企画・管理担当部長や原価技術推進部長などを歴任し,同社の原価改善を推し進める。その間に,いすゞ(佐藤)式テアダウン法を確立し,日本のテアダウンの礎を築く。1988年に米国VE協会(SAVE)より日本の自動車業界で最初のCVS(Certifi ed Value Specialist)に認定,1995年には日本人初のSAVE Fellowになるなど,日本におけるVE,テアダウンの第一人者。1999年に同社を退職し,VPM技術研究所所長に就任。コンサルタントとして今も,ものづくりの現場を回り続ける。