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第1部:現場の危機

効率の追求で失われた対応力
経験が不足し非定常時に脆さ

 「近年、ここまで死亡事故が立て続けに起こったことはなかった」(日本化学工業協会)。相次ぐ重大事故に、化学メーカーは危機感を募らせている。プロローグで紹介した日本触媒を含め、2011~2012年に、東ソー、三井化学と相次いで発生した3件の死亡事故は、いずれも普段は行わない作業(非定常作業)の際に起きている(図1)。

 トラブルやいつもとは違う非定常作業に直面したとき、自動化された設備とマニュアルだけでは乗り切れない場合がある。そんなときこそ経験に裏打ちされた豊富な知識を総動員して臨機応変に事に当たる力、「現場力」が求められる。ところが、今その非定常時を乗り切る力が弱まっている。相次ぐ化学プラントの事故はその象徴だ。

終わりなき課題

 現場力の低下は、化学業界に限った現象ではない。日本の製造業が共通して抱える課題だ。ベテラン技術者・技能者の保有するノウハウや技術、知識といった暗黙知をどう顕在化させて継承するのか、沈みゆく現場力をどうやって維持、回復させるかに頭を悩ませているものづくり企業は多い。

 この問題は決して新しいものではない。例えば、三菱重工業は、2002年に発生した建造中の豪華客船での火災をきっかけに、社内で生産現場の疲弊と技術力低下を指摘する声が高まった。それに応えるために設置された「現場管理改革委員会」が現場の声を吸い上げたところ、「ベテランが抜けたのに若手が育っていない」「ルールやマニュアルが業務実態と合っていない」といった悩みが上がってきた。それが、その後の同社の「ものづくり革新」活動の呼び水となった1)

 アイシン精機は、自動車部品をほぼ自動で加工するトランスファマシンが工場の火災で使えなくなった際に、現場力が低下していることに気付き、技能五輪への取り組みを強化し始めた。旭硝子が小型の炉を備えた「AGCモノづくり研修センター」を開設して技術力の基盤強化を図ったのは、ガラス溶融窯からのガラス漏洩事故が立て続けに起こり、現場力を立て直す必要があると考えたからだ2)。こうした悩みは本誌でもたびたび取り上げてきた。

 だが、古くて新しいこの問題は、依然としてものづくりの現場に大きな壁となって立ちはだかっている。いや、むしろかつてよりさらに深刻になっているといえよう。

 生産現場は多品種少量や製品ライフサイクルの短期化で頻繁に作業内容の変更に追われている。加えて、2012年問題と騒がれた団塊の世代の大量退職や、リーマン・ショック後の景気後退による人員削減、海外シフトの加速などで、現場からベテランがどんどん減っているからだ。

 トラブルや突発作業、さまざまな変化に柔軟に対応できる現場力は、ひとたび気を抜けば現場から消え失せ、再び取り戻すには長い時間がかかる。生産効率やコスト削減の代償に失いつつある現場力をいかにして維持・向上するか。日本のものづくりは、その瀬戸際に立っている。
〔以下、日経ものづくり2013年6月号に掲載〕

参考文献:1)高田,「 失敗・危機は成功の母」,『日経もの づくり』,2008年10月号,pp.58-77.

参考文献:2)高田他,「品質を究める」,『日経ものづくり』、2007年4月号,pp.72-97.