
引き続き、ニチアスの佐藤清さんとの議論の内容を紹介しよう。
前回は、イノベーションに取り組む際に不可欠な「熟慮」をテーマにした。そして、熟慮とは、論理の枠に収まりきらない価値の本質を見抜くことだと指摘した。そのためには、天才ではない我々は考えるしかない。
しかし、ただ漠然と考えるだけではダメだ。何をどんな局面で考えるかが重要なのである。そこで我々の議論の内容は、本質を見抜くための物事の考え方に移っていった。
イノベーションに取り組むには、研究開発の方向を決めなければならない。加えて、開発の途中では重要な判断に迫られたり大きな壁に突き当たったりすることが次々と起きる。その時、どのような道筋で物事を考えるかは、プロジェクトの成否を分けるほど重要となる。こうした際の対応法をマニュアル化することは不可能なので、判断や決定の根底にある考え方を身に付けるしかない。
華やかな技術革新というイメージがあるイノベーションへの挑戦で、考え方を身に付けるというのはいかにも悠長で遠回りに感じられるかもしれない。技術者ならば、考え方など脇に置いてすぐにも技術開発に入りたいと思うだろう。筆者もホンダに入社した当時はそうだった。しかし、今振り返ってみると、結局、イノベーションを成功させるには、熟慮の際の物事の考え方を身に付けることに尽きるとさえ思えるのだ。
そして、物事の考え方を身に付けることは思った以上に難しい。時間もかかるし、センスも問われる。最大の理由は、小学校から大学までを通じて、我々は、答えのある問題をいかに速く間違わずに解くかを徹底的に叩き込まれているからだ。
価値の本質を見抜いて、その価値を実現する道筋を見いだすのと、答えのある問題を速く解くのとでは、思考回路が全く異なる。頭の使う部分が違うのである。そのため、小学校以来の身に染み付いている思考回路をまず壊し、その上で新たな思考回路をつくらなければならない。
それには、取っ掛かりが必要となる。フリークライミングで、足場や手を掛ける突起が必要なように、イノベーションにおける熟慮とそのための考え方を身に付ける際にも何らかの手掛かりが欠かせない。
今回の佐藤さんとの議論のテーマは、その強力な取っ掛かりの1つになる「守破離」である。
〔以下、日経ものづくり2013年10月号に掲載〕
中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授
ニチアス浜松研究所研究開発部門 グループリーダー