本連載ではこれまでにも、韓国Samsung Electronics社の品質に対する考え方を紹介してきた。だが実は、品質だけではなく、QCD(品質、コスト、納期)全体にわたってSamsung Electronics社の考え方は日本メーカーとまるで異なる。Samsung Electronics社にとってQCDの基準は全て顧客にあり、メーカーとしての自主的基準にはあまり意味を見出していない。
QCDは競争力に直結する極めて重要なファクターである。日本メーカーも「顧客のことはもちろん見ている」と主張するだろう。しかし実際は、「メーカーが自ら決めた基準=顧客の基準」と思い込んでいるに過ぎない面が多々あるように思う。
Qは寸法公差よりも体感品質
まずは、QCDのQ、品質の基準について述べたい。日本メーカーとSamsung Electronics社の間で捉え方が最も異なるのが、このQだ。それを象徴する出来事の1つとして、テレビの寸法公差に関する事例を紹介しよう。
筆者がSamsung Electronics社に在籍していた当時は、テレビといえばまだブラウン管だった。ブラウン管テレビの筐体はフロント(前面)とバック(背面)の部品をそれぞれ成形して組み立てる。この筐体部品同士の合わせ目を、日本メーカーは1/1000mm台(μm台)の高い精度に設定し、見事に実践していた。これを見てSamsung Electronics社でも同様の精度を出そうとしたのだが、実際には金型を10回作り直しても、実現できなかった。
ところが、Samsung Electronics社は別のことに気づいた。 この合わせ目は筐体の上下左右から見えるが、正面からは見えない。言うまでもなく、テレビは正面の画面を見るものである。そこで、合わせ目の精度に関して妥協することにした。具体的には、合わせ目の精度を0.2mm程度と、日本メーカーとは2ケタ異なる大雑把なものとしたのだ。これでは合わせ目の隙間から中が見えてしまうが、それでもよしとした。すると、金型のやり直しは2回だけで済むようになった。大きなコストダウンである。
実際、Samsung Electronics社は0.2mmの精度でブラウン管テレビを商品化した。しかし、この筐体の隙間に関するクレームは1件もなかった。本連載の前回で紹介した「体感不良」の考え方に沿って言えば、ユーザーからは不良であるとは判定されなかったということだ。つまり、このテレビを買った顧客は「売り値に見合う適正品質だった」と判断した、と解釈できる。
このようにSamsung Electronics社にとっては、不良は顧客が不良と感じるかどうかで決まる。逆に、同社は品質の高さもまた顧客がそう感じるかどうかで判断している。厳しい寸法公差を守っていれば品質が高い、という考え方はしない。
恐らく筐体に隙間が0.2mmもあったら、日本メーカーの基準では、「こんなひどい品質の製品は見たことがない」と社内が大騒ぎするだろう。当然「不良」と判定され、製品として出荷することは許されない。
〔以下、日経ものづくり2013年11月号に掲載〕
東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター