こんな設計したのは誰だ?
前回は、曙ブレーキ工業が実施する若手生産技術者向け研修の概要と、その背景にある考え方を取り上げた。同社は、近年の厳しいグローバル競争を勝ち抜くためには、生産ラインの全工程を広く見渡し、全体最適を踏まえて設備を開発できる若手生産技術者の育成が不可欠だとする。そのために独自に考案したのが、実際にある自社の生産ラインのミニチュアを若手だけで製作するという研修だ。今回は、第2期の研修に参加した生産技術部門摩擦材生技部摩擦材生技開発課開発1係の綾部和哉の奮闘にスポットライトを当てる(図1)。
ある「化学屋」の挑戦
2011年6月某日、埼玉県羽生市にある曙ブレーキ工業の本社「Ai-City」。入社3年目の若手生産技術者である綾部和哉は、いつものように摩擦材生技開発課のオフィスで机に向かっていた。「綾部くん、ちょっといいか?」
声を掛けてきたのは、綾部の直属の上司、同課課長の星利広である。星の後に付いて机から少し離れたタッチダウン(出張者などが仕事をするスペース)に行くと、星はおもむろにこう切り出した。
「今年もミニチュアラインを作ることになった。綾部くんも、メンバーに選ばれたからな」「えっ? あっ、はい」
一瞬、驚きはしたものの、それは綾部にとって予想通りの展開だった。ちょうどこの頃、若手だけでミニチュアラインを作製する研修の第2期のことが社内でちょっとした話題になっていたからだ。「今年も研修が実施されるなら、自分の所にチャンスが巡ってくるかもしれない」。そう予感していたのだ。
星が続ける。「今年のテーマは、うちの課が担当する摩擦材の生産ラインだそうだ」「そうなんですか」
実は綾部は他の多くの生産技術者と異なり、機械設計を専門としていない。大学では共生応用化学を専攻し、入社後は生産技術部門ではなく開発部門に所属。摩擦材に関わる要素技術の開発に従事していた。つまり綾部は「機械屋」ではなく「化学屋」。そのためこれまで生きてきた中で、自らフライス盤やボール盤を動かして物を造った経験がなかった。「何もないところから自分の手で物を造るってどんな気持ちなんだろう」。そう考えるとワクワクした。
星がさらに続ける。「これから綾部くんも次世代設備の設計に携わるだろうから、ミニチュアラインの製作を通して前後の工程を知っておくことは重要だぞ」「はい、僕もそう思います」
次世代設備とは、同社が2009年7月から開発に取り組む、からくりを積極的に導入した設備のことだ。この設備では、機械のムダな動作を極限まで減らし、最小限の動力で必要な動きを実現することを狙う。その動作のムダを見極める際には、機械設計の基本的な知識はもちろん、前工程や後工程、ひいては生産ライン全体を見渡せる視点が不可欠になる。綾部の気持ちはますます高ぶった。
星は最後に力強くこう言った。「誰もが欲しがるような格好いいミニチュアラインを作ってこい」「はいっ」
〔以下、日経ものづくり2013年11月号に掲載〕
