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日経ものづくり ドキュメント

レジェンドの開発 最終回

高い山を目指して

キャタライザを知り尽くす蒔苗龍博の奮闘により,
エンジンの出力は,
目標の300馬力にあと一歩というところまで向上してきた。
しかし,その先の道程が長く険しい。
エンジンの開発責任者として瀧田正文は,
さまざまな手を尽くすものの万策尽きる。
そして再び,蒔苗の下を訪れた。

日経ものづくり ドキュメント

 排気量3.5L,V型6気筒のエンジンで出力300馬力という目標は,開発責任者であるホンダの瀧田正文が想像していた以上に厳しいものだった。エンジンを知り尽くす瀧田が思い付く限りのアイデアを試す。290馬力が293馬力に。293が295に。295が296,297に。手持ちのカードは使い果たす。だが,残り数馬力がどうしても出ない。
「例の『レジェンド』の件で,ちょっと相談に乗って欲しくて」
 瀧田の目の前で電話をかけるのは,キャタライザの開発を担当する蒔苗龍博。残り数馬力。瀧田はこの男に一縷の望みを託したのだ。
「蒔苗さんが相談? また無理難題おっしゃるんでしょ」
「またとは人聞きの悪い。無理難題を言ったことなんて一度もないですよ」
「・・・・・・。で,相談っていうのは?」
「実はエンジンの出力のことで」
 そう言うと,蒔苗は機密部分をうまく煙に巻きつつ,開発状況を話し始めた。どうやら,相手は部品メーカーのようである。
「大変ですねぇ。ただ,エンジンの方で万策尽きたのは分かりましたけど,なぜまたうちに?」
「そこなんですけど,インジェクタベースの金型の鋳砂をもう一つ細かいクラスに変えられないかと思いましてね」
 インジェクタベースとは,インテーク・マニホールドとシリンダヘッドの間にある吸気系部品のことだ。この一言に,横にいる瀧田が大きくうなずいた。
「細かいクラスに・・・。ははあ,なるほど面粗度を上げて流量を増やせば出力が高まる,ってわけですね」
「さすが,話が早い。それじゃあ」
「ちょっと待ってください。理屈は分かるけど,ホンダさんはそれでホントにいいんですか。出力性能が変化するってことは,ほかの機種との共用が難しくなるってことですけど」
「もちろん分かってます。今回は特別」
「しかし,うちとしては・・・」
「うちとしては,何ですか」
「正直,やりたくない。外観は別の鋳砂を使ったインジェクタベースと同じでしょ。管理が大変なんですよ」
「しかし,出力を上げるにはこの手しかないんです。うちの金看板のレジェンドを世に出せるか出せないかは,すべてお宅にかかっているんですよ」
 ここで電話の会話はいったん途切れた。相手の返事を待つ蒔苗。心配そうに見守る瀧田。しばしの沈黙の後,電話の相手から答えが返ってきた。
「蒔苗さんは,相変わらず無理難題言いますね」
「いえ,無理難題なんて言った覚えはありませんよ。お宅の力なら,十分にできると信じていますから」
「・・・・・・。ほかでもない,蒔苗さんの頼みだ。了解しました,受けましょう」
「ありがとうございます」
 受話器を置いた蒔苗に,瀧田が深々と頭を下げた。