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 オペアンプは、古くからある基本的なアナログ回路ブロックの1つだ。モノリシックのオペアンプICが実用化されたのは1960年代のこと。それから、もう50年以上が経過した。しかし今もなお、電子機器において重要な役割を果たしている。オペアンプの性能追求も終わっていない。さらなる広帯域化や、低雑音化、低消費電力化、低コスト化など、アナログ回路設計者に対して、極めて難しい課題が投げかけられている。

 アナログ半導体メーカーである米Analog Devices社は、オペアンプICの性能競争でリーダー的な役割を果たしている企業の1つだ。その同社には、オペアンプICの開発最前線で活躍する日本人のアナログ回路設計者がいる。楠田義憲氏である。現在は、米国のサンノゼにおいてアナログ回路設計の業務に従事している。今回は同氏に、現在設計に取り組んでいる製品の開発目標や、アナログ回路設計者として世界のエンジニアと競争する仕事の醍醐味、将来の夢などについて聞いた。(聞き手:山下勝己=テクニカルライター)

———現在、どのようなオペアンプICの開発に取り組んでいるのか。

楠田義憲氏
現在、35才。2004年に米Analog Devices社の日本法人(アナログ・デバイセズ)に入社。2007年に米国本社に転籍。それ以降、サンノゼのオフィスで高精度オペアンプICの設計に従事している。以前の趣味は、会社の同僚と一緒にプレーするバドミントンや卓球だったが、2014年に子供が生まれてからは子育てに積極的に参加しているという。記事下の写真は、同氏が住むマンションでのバーベキューパーティーの様子。

楠田 現在、設計に取り組んでいるのは、CMOSプロセスで製造する高精度オペアンプICである。チョッピング技術とオートゼロ技術を駆使して、IC製造後のトリミングを実行することなしに、入力オフセット電圧とその温度ドリフトを極めて低い値に抑えることが目標だ。

———入力オフセット電圧とその温度ドリフトの目標値はいくつか。

楠田 入力オフセット電圧の目標値は10μV、温度ドリフトは20nV/℃である。一般的なCMOSオペアンプICであれば、入力オフセット電圧は1m~10mV程度、温度ドリフトは10μV/℃程度にまで達してしまう。これをチョッピング技術とオートゼロ技術を使って自動補正をかけることで、いずれも1/500~1/1000に抑え込む。

———製造プロセスがSiバイポーラ技術であれば、もっと低い値に抑え込めるのか。

楠田 いや、そうではない。Siバイポーラプロセスを使っても、それほど低い値に抑え込めない。トリミングを適用したとしても、達成可能な入力オフセット電圧の温度ドリフトは200nV/℃程度だろう。しかも、製造コストが決定的に違う。CMOSプロセスを使った方がコストを非常に低く抑えられる。

チョッピングの欠点を克服する

———10μVの入力オフセット電圧、20nV/℃の温度ドリフトを達成できれば、業界トップの座につけるのか。

楠田 当社ではすでに、2011年に製品化したオペアンプIC「ADA4528」で、2.5μVの入力オフセット電圧と、15nV/℃の温度ドリフトを達成している。このオペアンプICも私が設計したもので、精度については製品化当時、業界トップだった。つまり、今回設計しているオペアンプICの精度目標は、AD4528よりも低い。今回のポイントは、チョッピング技術を採用したオペアンプICが抱える欠点を克服することにある。

———チョッピング技術の欠点とは何か。具体的に説明してほしい。

楠田 チョッピング技術とは、スイッチング技術を利用して入力オフセット電圧とその温度ドリフトをゼロ補正するもの。従って、スイッチング素子をオン/オフする動作がどうしても必要になる。このとき、チャージインジェクションに起因するグリッジが発生し、オペアンプICの出力に雑音(ノイズ)として現れてしまう。これがチョッピング技術を適用したオペアンプICの欠点だ。通常ユーザーは、オペアンプICの出力部にフィルターを接続し、ノイズを除去して使っている。

———この欠点をどのようにして解決しようとしているのか。

楠田 スイッチング周波数を高めることで、欠点を克服しようとしている。スイッチング周波数を高めれば、発生するノイズの周波数も高くなる。ノイズの周波数が高くなればなるほど、フィルターの設計が簡単になり、ノイズを除去しやすくなる。つまり、ユーザーの使い勝手が大幅に高められるわけだ。
2011年に発売したADA4528では、スイッチング周波数を200kHzに設定していた。今回設計しているオペアンプICでは、具体的な数値は公表できないが、これを大幅に上回る値に設定する予定だ。

———今回のオペアンプICが製品化されれば、ユーザーである電子機器メーカーのエンジニアはどのようなメリットを享受できるのか。

楠田 温度センサーや圧力センサーなどのセンサー素子を利用する電子機器の設計が簡単になると同時に、コストを大きく削減できるようになるだろう。
センサー素子の出力信号振幅は、数100μ~数mVと非常に小さい場合がある。こうしたケースでは、オペアンプICを使って増幅する必要があるが、オペアンプICの入力オフセット電圧が大きいと誤差が増大してしまう。従って、キャリブレーション(自動較正)などの機能の追加が必要になり、設計工数やコストが増えてしまう。

 しかし、今回のオペアンプICを使えば、精度が高いため、キャリブレーション機能を使わなくてもセンサー素子の出力を十分な振幅に増幅できる上に、出力のノイズが小さいので出力部のフィルターを簡素化できる。その分だけ、設計が簡単になり、コストを低減できるわけだ。