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⑥直交変調器

 互いに直交関係にある正弦波と余弦波を用いて,ベースバンド信号を無線周波数に変調します。具体的には,電圧をかけることで発振周波数を制御できる発振器であるVCO(voltage controlled oscillator)を用いて搬送波(キャリヤ)を発生させ,ベースバンド信号と掛け算をすることでRF帯に変調します注2)

注2)この搬送波はRF帯の周波数を持つ周期信号です。VCOに付随するPLL(phase-locked loop)は,VCOが発生する周波数の定数倍の信号を発生させる回路です。

 なお,搬送波は通信規格によって決まります。伝搬距離は搬送波の周波数によって変わります(「実際の信号波形はどう変わっているか」参照)。

⑦電力増幅器(PA)

 信号が相手(主に基地局やアクセス・ポイント)に届くよう信号の増幅を行います。PA(power amplifier)とも呼ばれます。その役割から,送信機の中で最も消費電力に影響を与えるところです。

 増幅する割合が小さい場合には,元の信号に対して線形に増幅が可能ですが,ある程度以上では線形性が崩れて波形が歪みます。このように線形性が要求されつつ大きな出力を伴うことから,シリコンによるIC化が困難な部品です。なお近年注目を集めているOFDM(orthogonal frequency division multiplexing)方式では増幅器の消費電力が大きく,端末側の送信の課題になっています。

⑧高周波フィルタ

 RF帯の信号に対してかけられるフィルタです。高周波のため,PAと並んでシリコンによるIC化が困難な部品といえます。システムによって送受信共用であったり,送受信別のフィルタを合わせて一つのブロックとして実装したりします。

 高周波領域で急峻な遮断周波数特性を持つフィルタを設計することは難しく,規定帯域内に信号を収めるように波形を整形するのは,高周波フィルタよりも前述のデジタル・フィルタやローパス・フィルタの役目です。よって,送信の高周波フィルタは,直交変調後に規定帯域外に生じるスプリアス(不要輻射)などを除去するために用いられます。

伝搬路ではマルチパス対策が必須

 ここで,ワイヤレス通信においては必ず考慮しなければならない伝搬路と雑音の影響について説明します。伝搬路は,基地局やアクセス・ポイントから直接到達する直接波と,壁や建物などに反射して到達する反射波があり,このような伝搬環境を総称してマルチパス環境などと呼びます。反射波はその性質上,直接波よりも遅れて到来するため,直接波を基準に復調を行うと,反射波の位相や遅れ具合によっては直接波に大きな干渉を与えてしまいます。

 無線LANのように主に屋内環境で利用される場合には,反射波のほとんどは壁などから反射してくるため,その遅延量は小さくなります。これに対し,携帯電話のように屋外での利用や,地上デジタル放送のように基地局からの伝送経路が長大になると,外の建物などの反射によって遅延量が大きくなります このように到来する電磁波は,利用シーンに応じてある程度の時間内に分布しますが,その分布のことを遅延広がり(delay spread)と呼びます。この遅延広がりは周波数選択性フェージング(特定の周波数帯の電力が大きく落ち込む現象)を引き起こすので,受信機側では正しく復調するために多大な努力が必要となります。

 遅延広がり以外にも,端末の移動速度が重要な要素になります。例えば携帯電話であれば,歩きながら使う場合もあれば,移動中の車の中で用いる場合もあります。特に後者の場合,伝搬路が速く変動することになり,それに対する追従対策が必要となります(前者であっても,移動中の車体などに反射してくる波によって変動が速くなる場合もあります)。この伝搬路の変動の速さを表すのが,ドップラー周波数です。ドップラー周波数が高いほど,端末の移動などで伝送路が速く変動していることを意味します。このように遅延広がりと端末の移動によって,受信信号電力は時々刻々と変化します。

 一方受信機においては,回路から定常的に熱雑音が生じており,無線機の性能を劣化させる要因になっています。この熱雑音はガウス分布(正規分布)の特性を示すことから,AWGN(additive white Gaussian noise)と呼ばれます。AWGNの平均電力は概して伝搬路の変動に比べると定常的ですが,受信電力は伝搬路によって瞬時に変動するため,結果的にS/Nが変動することになります。

 そこで,遅延広がりや伝搬路変動によるS/Nの劣化に対して受信機は対策を取る必要がありますが,もちろんシステムとしても対策します。例えば無線LANなどで採用されているOFDMは,ガード・インターバルという余裕を持たせることで,ある程度の遅延広がりならば吸収できます。また,携帯電話などに採用されているCDMAは,遅延波を分離し,直接波と合成して利得を得ることができます。

 このような基盤技術以外にも,伝搬路推定を補助する信号を頻繁に送ったり,システム情報のような重要なデータはBPSKのように誤り耐性の強い変調方式を用いたりする工夫がなされています。このようなさまざまな要素を考慮した上で,規格やシステムの仕様が決められています。なお,通信機器同士の相互接続性を確保するために,システムの仕様は規格以外にも通信事業者や業界団体の基準に準拠する場合もあります(「実際の信号波形はどう変わっているか」参照)。