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 汎用大型コンピューター(メインフレーム)の事業を生み出し、パソコンの市場を立ち上げた米IBM社が、次なる革命を画策しています。その名も「認知コンピューティング(Cognitive Computing)」。人の脳の構造に倣って、既存のコンピューターの限界を乗り越えようという企てです。

 基盤となる人工知能やニューラルネットワークの技術は、以前からの読者の方はご存じの通り、今回が何度目かのブーム。半導体などのハードウエアを手掛けるメーカーだけでなく、米Google社や米Facebook社、中国Baidu社といったネット企業も次々に研究に乗り出し、「今度こそ本物」との熱気が高まっています。今のところ日本勢の存在感は薄いようですが、今後の活躍に期待したいところです。

 ただし、現状の盛り上がりがどこまで大きな成果につながるかは別の話。確かに「Deep Learning」などのブレークスルーは生まれていますが、それでも人の脳にはまだまだ不明な点が多いことが、個人的には気にかかります。ものの本によれば、例えば人の意志決定には情動が深く関与しており、情動を司る脳の部位を損傷した人は物事を適切に決められなくなると言います。何でも、無数の選択肢を刈り込む際に情動が大きな役割を果たすらしいのですが、現状の人工的なニューラルネットワークがこうした仕組みを考慮しているようには見えません。

 人の知性は、脳だけが担うわけではないとの見方もあります。皮膚には独自の情報処理機構があり、それを「第3の脳」と見なすべきだと主張する研究者もいるほどです(ちなみに第2の脳は消化管とのこと)。実際、皮膚の神経細胞には、触れたものの幾何学的な特徴を検出する能力があるとの研究結果を最近目にしました。

 IoT(Internet of Things)の脳を目指すのが認知コンピューティングならば、体は無数のセンサーでありモーターです。日本を代表するモーター企業、日本電産の永守社長は、これからは人工知能の研究も視野に入れると主張しました。一方で、「サーバー側の技術はやるのか」との質問に、「そこまでいかへんと思う」との答え。構想の詳細は教えてもらえませんでしたが、永守氏の右腕になる予定の元シャープ社長の片山幹雄氏は、日経ビジネスの取材に答えて「『インテリジェント・クール・デバイス』が次世代の重要な産業になると確信している」と語っています。2030年に10兆円を目指す同社の牽引役は、全世界という体中に、無数に散らばる知性なのかもしれません。