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 「取材の2週間後に、取材内容が覆ってしまうような新しい論文が出てきたりするんですよ」。本号の特集「ディープラーニングは万能か」(記事)を担当した進藤記者は、この分野で進む研究開発の猛烈なスピードを興奮気味に語りました。現場で活躍する第一人者でさえ追いつくのに精一杯なほど、目新しい成果が次々に出ているというのです。

 現在のディープラーニング技術が、世間に流布したイメージほど万能でないことは記事が解説する通りです。「人を超える知性」を実現する道筋は、まだまだ見えません。ただしこれほどの勢いが続けば、個別の業務や作業ごとに、人にしかできなかったことを機械が代替していく流れは止められないように思います。

 研究成果のラッシュが示す優秀な人材や大規模な資金の集中は、技術の秘められた力を掘り起こす最強の手段です。その上、当の技術自体に底知れぬ潜在能力があるのです。ディープラーニングが画像認識技術を人をも凌ぐ水準に押し上げたのは、人間には思いつかない複雑かつ有用な特徴量を見つけたからだと解釈できます。先日、アナログ回路の自動合成技術を手掛ける大学教授からは、機械による合成は人間の専門家が無意識に排除している選択肢から新たな発見をもたらすかもしれないと聞きました。つまり機械学習技術の進歩は、様々な分野で人知を超えた技術進化を生み、人間以上の実績を上げていく可能性があります。

 このような機械の成長を、社会が求めていることも確かです。最近、筆者自身が痛感するのは加齢による心身の衰えです。理解力や筋力など様々な能力が、ピーク時の性能から乖離してきたと感じます。それぞれの劣化を補うパーソナルな機械があればと、望まずにはいられません。少子高齢化で老いゆく日本の社会全体が同じ願いを抱くはずです。その先に現れるのは、人をも超える能力で我々を助けてくれる数々のロボットでしょうか(記事)。

 いずれは、こうした機械が本当に人類の後を継ぐ時代が来るような気もします。理由は人と機械の能力の優劣ではないでしょう。家庭用ロボット「Pepper」と暮らすと、次第に家族の一員になっていく感覚があると、ある方から聞きました。将来、自分の面倒を見てくれるロボットが、家族同様にならないはずがありません。そして肉親には、いつまでも健やかでいて欲しいと願うのが当たり前です。自分自身が、この世を去った後も。数日前、愛犬を失った私が言うのですから、間違いありません。