着せ替えも検討したS660
上記の点で異なる両車だが、実はS660も当初着せ替えのコンセプトを模索していた。それが紆余曲折の上、痛快ハンドリングマシーンや「ガチスポ(ガチなスポーツカー)」と呼ぶ本格的スポーツカーに変わったのである。
S660が生まれたきっかけは、本田技術研究所の50周年記念イベントでの公募であった。2010年に50周年を記念して行われた新商品企画コンペで、椋本氏が「ゆるスポ(ゆるいスポーツカー)」というコンセプトを提案しグランプリを獲得、その企画が面白いということで商品化につながった。
ゆるスポを一言で表現すると、意のままに操れる小型のスポーツカーだ。椋本氏は入社1年後にホンダの「S2000」を購入したが、「クルマに乗らせてもらっている感覚が強い」と語る。出力が大きく、よほどの上級者でないと扱いきれないのだ。
一方、高校時代に乗っていたバイク「スーパーカブ」は、パワーはないものの、人が操る感覚が勝っていた。そういう意味で小さくて、肩肘張らずに乗れるクルマを提案したのだ。だが、2011年3月に始まった開発は暗礁に乗り上げた。当初は、マツダ「ロードスター」のような外観の軽スポーツを企画したが、商品と事業性のバランスに悩んだのだ。
原因は、若者に買ってもらいたいと、ターゲットを絞りすぎたことだったという。若者に受ける仕組みということで、安価なベース車両を用意し、ナビゲーションシステムもスマホをはめ込むような仕組みを考えた。さらに自分好みの仕様にカスタマイズできるように、スマホで内装部品を選べる仕組みも考案した。細部は違うがコペンと非常に似たコンセプトだ。
ただ、若者を意識しすぎたため、同車のコンセプトはスポーツカーから徐々に離れていってしまった。社長の伊東孝紳氏から「ホンダファンは、より本格的なスポーツカーを望んでいるのでは」と指摘を受け、もう一度企画を練り直さざるを得なかった。
そこで、開発陣が徹底的に議論し、出した結論が前出の痛快ハンドリングマシーンであり、ゆるスポに代わるガチスポである。開発陣は、開発の方向を共有するため、様々な活動をした。その一環で全員で4輪カートを乗りにいった際、ダイレクトな操舵感、音や振動などに操る楽しさを見出だした。
地面に近いところに座るカートは、実際の速度は低くても体感スピードは高まる。これを実車に応用し、運転席のヒップポイントが335mmと異例に低いパッケージングを実現した。
競合車は「軽自動車にはない」としながら安積氏は「お手本になったのはロータスエリーゼ」とする。機敏なステアリングやコーナリングを始めると路面にタイヤが吸い付くような感覚を参考にした。ただし、裾野の広い軽自動車ということで、乗り心地はマイルドに設定。4輪のサスペンション方式にストラット式を採用し、ボディー剛性を高めてタイヤの上下動をサスペンションで受け止めている(詳細は5月号の新車レポート参照)。