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 2001年冬、3Mの製品を説明するために営業担当者と一緒に訪ねた都内の銀行の会議室で、私は強い高揚感に包まれていた。顧客である銀行の担当者の「こんな製品が欲しかった」という思いがダイレクトに伝わってきたからである。顧客の価値創造に貢献できるとワクワクした気持ちになった。

 この時、担当者に説明したのは新開発の「〈スコッチカル〉セルフクリーニングフィルム」。屋外の看板などに貼るフィルムで、雨が降ると汚れが自然に落ちる機能(セルフクリーニング機能)を備えることが特徴だ*1。その担当者はこう話した。「ビルの外壁に取り付けた看板が汚れていると、銀行としては何ともイメージが悪い。しかし、洗浄するには足場を組んでの高所作業を伴うので、専門の事業者に頼まなければならず、メンテナンスコストが高くて困っていた。雨で汚れが落ちればとても助かる」。

*1 「〈スコッチカル〉セルフクリーニングフィルム」は、耐候性に優れたポリ塩化ビニル系のベースフィルムの上に、親水性の透明層を積層させた特殊フィルムである。親水層によって降雨時の水滴がフィルム表面に広がり、汚れを洗い流すことができる。

 この特殊フィルムは我々のグループが満を持して開発したものだ。価格は一般的なフィルムに比べて高いが、施工後のメンテナンスコストを抑えることでトータルコストを削減できると我々は考えていた。大きな潜在需要があると確信していたが、その当時の販売実績はゼロ。3Mでは収益を生んで初めてイノベーションと認められるので、まだ道半ばの製品だった。そこに最初の顧客が現れたのである。

 もう15年近く前のことではあるが、「とても助かる」と興奮気味に話した銀行の担当者の顔を、今も鮮明に覚えている。ここから、セルフクリーニング・フィルムの本格普及が始まった。まず、金融機関が、次に自動車販売店が次々と採用していった。今では、さまざまな業種の屋外看板にごく普通に使われている。

 なぜ、こんな昔の話を書いたかというと、そこに個のやる気を引き出すカギがあると考えるからだ。イノベーションで重要な個のやる気を引き出すには、自主性を尊重したマネジメントが不可欠だと、第5回(2015年6月号)で紹介した。実はもう1つ、抜群の効果を発揮する方法がある。それが、担当の技術者を直接顧客に引き合わせ、顧客と感動を共有することなのだ。今回は、そうした「感動を生む顧客との接触を創出するマネジメント」について紹介する(図1)。

図1 イノベーションの設計図 組織の設計編
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