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図1 1956年に発表した「IBM 305 RAMAC」(写真:日本アイ・ビー・エム)
図1 1956年に発表した「IBM 305 RAMAC」(写真:日本アイ・ビー・エム)
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図2 MRヘッドが登場するまでは年率30%で面記録密度が向上
図2 MRヘッドが登場するまでは年率30%で面記録密度が向上
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 ハード・ディスク装置(HDD)が初めて世に登場したのは1956年のこと。米IBM Corp.の「IBM 305 RAMAC」がそれだ(図1)。ちなみに,RAMACとはrandom access method of accounting controlの略である。直径24インチ(約61cm)と巨大なAl合金製ディスクを50枚格納していた(直径60cmといえば,日本酒の4斗樽の大きさである)。それでも総記録容量は4.4Mバイトだった。

MRヘッドとPRMLで面記録密度は飛躍的に向上

 筐体のサイズも巨大な305 RAMACではあったが,当時としては画期的な外部記憶装置だった。アクセスが遅かった「磁気ドラム」の欠点をほぼ解消したからである。この305 RAMACの面記録密度は,約2Kビット/(インチ)2だった。その後,HDDは年率30%増のペースで面記録密度を高めていく。

 面記録密度の向上が急激になったのは1990年代になってからのことである(図2)。2つの技術が牽引した。(1)MR(magnetoresistive)ヘッドと,(2)PRMLである。これらがキッカケとなり,その後HDDの面記録密度は年率60%増もの勢いで上昇していく(図1)。年率60%増とは,すなわち約5年で10倍というハイ・ペースである。実際,1991年に100Mビット/(インチ)2だった面記録密度は1996年には1Gビット/(インチ)2にまで高まった。

再生素子を感度の高いMRヘッドに

 HDDの記録再生原理はシンプルである。ディスクの表面に付けた薄膜状の磁性体に磁気ヘッドを近づけて,同ヘッドに電流を流すと,ヘッドのすぐそばにあるディスクの磁性体膜が磁化される。その小さな磁化部分の位置や長さを変えることで情報を記録する。再生するときは同じようにヘッドを近づけて,磁化方向の変化などを検出する。

 ヘッドとしては1980年ころまでMIG(metal in gap)ヘッドが主流だった。それが次第に薄膜ヘッドに置き換わり,1991年に登場したのがMRヘッドである。

 MRヘッドとは,磁気抵抗効果(外部磁界の変動に応じて電気抵抗が変化する)を利用して磁気信号を検出するMR素子と,記録用の誘導型薄膜ヘッドを組み合わせた磁気ヘッドのことである。記録にも再生にも薄膜ヘッドを使っていた従来ヘッドに比べて数倍の再生出力信号を得られるという利点があった。面記録密度を高めていくと1ビットに対応する記録面積は小さくなり,取り出せる信号が弱くなってしまう。そこで再生素子を感度の高いMRヘッドに切り替えたというわけだ。

 ただしMRヘッドを使っても磁気信号を読み出すときのS/Nの向上には限りがある。そこでS/Nが低くてもビット誤り率を十分小さくできないか,というニーズが出てきた。この課題を解決したのが,信号処理技術「PRML」である。

 PRMLは,符号間干渉を受けた再生信号に対して記録メディアの特性を考慮して元の波形を再生するパーシャル・レスポンス(PR)方式と,波形に雑音が含まれた場合でも最も確からしいデータ系列を再生する最尤(maximum likelihood)復号法の1つであるビタビ復号方式を組み合わせたもの。PRMLを使うことで,使わない場合に比べて面記録密度を約1.4倍に高めた。

期を一にして急拡大したパソコン市場

 1970年代後半に登場したパソコンは,オフィスに1台あるかないかという非常に高価な機器だった。実際,1970年代後半のパソコンの出荷台数は年間約60万台と,ごく少量だった。

 パソコン市場に大きな変化が起きたのは1985年である。ワープロ・ソフトや表計算ソフトなどで事務処理を行う機器として企業への導入が始まったのである。年間の出荷台数は120万台へと増えた。次の変化は1990年代前半のこと。年間出荷台数が一気に200万台を突破した。企業で1人に1台のパソコンが配布され始め,一部の先進的な消費者もパソコンを個人の情報端末として使いだした。こうして,企業と家庭という2つの用途がパソコン市場を牽引した。HDDがパソコンの標準搭載になり始めたのもちょうどこのころだった。

 1990年代に入ってからのHDDの面記録密度の急激な向上は,パソコン市場の急拡大と期を一にして進んだ。パソコンで使えるアプリケーション・ソフトウエアの数が増え,テキスト・データのみならず音楽ファイルをパソコンに保存するなど,扱うデータ量も急激に増加した。こうしたデータを保存するために,HDDの容量は,常に「もっと欲しい」という状況だった。

 MRヘッドとPRMLの導入による面記録密度の向上は,HDDを低コスト化することにも一役買った。これも,その後のパソコンの爆発的な普及を後押しすることになる。それを決定付けたのが1995年に登場した米Microsoft Corp.のパソコンOS「Windows 95」だった。翌年のHDDの年間出荷台数は初めて1億台を超えた。そのころ,HDDの出荷台数の90%はパソコン向けという状況であった。(次回に続く