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山陰合同銀行が開催したセミナーには、58人が参加。うち20人が工場診断ツアーを体感した。「写真を撮ってください!」と迫る参加者も……

 山田日登志は,島根県・安来市に向かっていた。山陰合同銀行が主催する「ものづくりカイゼン・セミナー」で,講師を務めるためだ。目玉は,地元の経営者たちが山田の現場指導に触れる「工場診断ツアー」。舞台は地元の特殊鋼精密機械部品加工メーカー,守谷(もりや)刃物研究所だった。
 日本古来の鉄の精錬法「たたら製鉄」が生まれた安来市。守谷刃物研究所の社長,守谷光広(45歳)は,緊張した面持ちで一人の男を自社工場へと案内していた。


 山田日登志(66歳)。キヤノンやソニーの工場を再建したことで知られる“カイゼンの鬼”である。2005年6月某日――この日は,鬼の手腕を一目見ようと山陰地方各地から集まった,20人の経営者たちも一緒だった。

 守谷を緊張させたのは,山田が開口一番に発したこの言葉だ。

「出荷場に連れてってくれんか?」

 出荷場から見るということは,予定していた順路を全く逆から回るということ。守谷は,言いようのない不安に駆られていた。

今日は出荷せんのに,どうして梱包しとるんや?

 守谷刃物研究所は1953年,守谷の祖父が創業した。当初は,日立金属の研究開発・鋳鋼加工子会社だったが,56年に分離・独立。親族で代々経営を受け継ぎ、守谷で四代目になる。

 生産する製品は自動車のパワーステアリングに使う部品や,VTRのモーターシャフト,人工骨など。造幣局向けにコインを製造するパンチも作っており,技術的に高い評価を得ている。

 社長に就任して4年。守谷は,赤字だった会社を2005年3月期に売上高46億3000万円,経常利益2億6000万円の水準に押し上げた。業界全体の景気回復と,主要取引先である日立金属が製造する『ヤスキハガネ』のブランド力が寄与しているとはいえ,誇るべき実績である。

 しかし,そんな守谷にも悩みがあった。工場内に3カ月分以上もたまった仕掛品(製造途中の製品)の山である。業界に入って20年間,ずっと腑に落ちなかった。

(今より,もっと良い生産手法があるはずなんだが……)

 そんな思いが,晴れることのない深い霧のように守谷を苦しめていた。

「どうぞ,こちらです」

 平静を装い,守谷は出荷場に続く扉をバタンと開けた。かつて経験したことのない驚きに満ちた一日が,こうして幕を開けた。

 出荷場には,空の段ボール箱が数十個,所狭しと置かれていた。その真ん中で,黙々と梱包をする女性が一人。工場診断ツアーの参加者たちが全員部屋に入りきったところを見計らって,山田が切り出した。

「今日の出荷はいくつありますか?」
「今日は出荷のない日です」

 間髪入れず,守谷が答えた。

「そうか。じゃあ,どうしてこの人,梱包しとるんですか?」
「……」

 守谷は言葉に詰まった。当然,明日以降の出荷の準備をしているのだが,山田は守谷が言葉を発する前に話し出してしまった。

「ええか? 梱包は必ず,1箱ずつやらせなあかん。段ボール箱を組み立てて,緩衝材入れて,製品入れて,フタして,ラベル張る。これぜ~んぶやって,1サイクル。今日出荷する分だけ梱包すりゃええんやから,こんなにいっぱい箱作っとくんはおかしいやろ? 悪いことしとるなぁ,君たち」

 守谷は顔をしかめた。山田の言葉に気分を害したからではない。言いたいことがたくさんあるのに,何も言えなくなっている自分にイライラしていたのだ。

「こ~んなことやってて儲かってんのやから,ありがてぇ思わなあかん」

 山田はそう言って、さっさと梱包の前工程である検査室に移動した。

見込み生産の「悪」