東レは,山形大学教授の井上隆氏のグループと共同で,強度と靭性の両方の特性に優れた樹脂材料を開発した。一般に強度と靱性は相反する特性だが,高強度の材料と高靱性の材料を数十nm単位で混合することにより両立させた。自動車の歩行者保護を実現するための構造体やスポーツ用品などさまざまな用途を想定している。
強度と靱性を両立させる試みは以前から行われており,具体的には高強度材料に衝撃吸収体のゴム成分をアロイ化する手法などが採られていた。だが,従来のポリマーアロイ技術では,μm単位でしか二つの材料が分散していなかったため,それぞれの特長を十分に両立させるどころか,むしろどちらの特性も悪化することが多かった。
東レと山形大学の研究グループは,従来手法の問題点が二つの材料を混練する工程にあると判断し,この工程を改良した。具体的には,混練にかける時間が従来手法では2分程度だったのに対して,その5倍である10分程度に延ばした。そのために,押し出し機のスクリュの軸方向の長さと径の比(L/D)を従来比3倍以上の100とした射出成形機を東芝機械と共同で開発(一般の射出成形機に搭載されている押し出し機のL/Dは最大でも30程度)。この射出成形機を使うことによって,混練工程において,二つの材料の特性を合わせ持つ数十nm単位の粒子「ナノミセル」が生成し,このナノミセルを多数含むナノアロイ構造「ナノミセルアロイ」が形成される。この構造が,強度と靱性の両立を実現している理由と,研究グループでは推測している。
東レは,新開発の手法と射出成形機を用いてポリアミドとポリオレフィン(ポリプロピレンやポリエチレンなどから合成)のアロイで実物大の自動車部品を模した成形品を作製。その物性を確認したところ,ポリアミドとほぼ同程度の強度や剛性を維持しながら,高速の衝突実験において大塑性変形(ゴムに似た変形作用)が観察できたという。
今回の新材料開発は,新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業である「精密高分子技術プロジェクト」の一つ。2008年までは実用化に向けた基本技術の確立を同プロジェクト下で進める。その後は東レが2010年までに製品化することを目指す。