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図1 開発段階のスクラッチリペアを施した天板を真鍮ブラシで傷を付けたところ。写真中央のやや下側に擦り傷がある。
図1 開発段階のスクラッチリペアを施した天板を真鍮ブラシで傷を付けたところ。写真中央のやや下側に擦り傷がある。
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図2 約3分間放置したのちに,図1で傷を付けた個所を観察したところ,擦り傷は消えていた。
図2 約3分間放置したのちに,図1で傷を付けた個所を観察したところ,擦り傷は消えていた。
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 NECとNECパーソナルプロダクツが開発し,浅い擦り傷が付いた塗装表面を瞬時に復元する機能を天板に施したノート・パソコン「LaVie GタイプJ」。この「スクラッチリペア」という傷を修復可能なコーティングについて,前編では採用までの経緯や修復の機構を開発者に聞いた(前編の記事)。後編では実用化に向けた作り込みについて,開発者にたずねた。

――スクラッチリペアに使えるコーティング材料は,(1)治癒時間が数時間以上と長いが硬度が高いもの,(2)硬度が若干低いが治癒時間が数分と短いもの,(3)硬度がさらに低く,治癒時間が数秒もの,があると伺いました。どのような過程を経て,量産品に使うコーティング材料を選択していったのでしょうか。

佐藤氏 当初の思惑と違っていたため,材料を変更せざるを得なくなりました。我々が最初に検討した(1)は,自動車のボディへのクリア塗装や,バイクのガソリン・タンクの塗装などに使われるものです。屋外で使う機器への塗装になるので,硬くなっています。硬度はそこそこ高いので,傷自体が付きにくいという効果もあります。

 これを使えば,割合簡単にスクラッチリペアのコーティングを施したノート・パソコンが実現すると思っていましたが,現実は甘くなかった。この材料で光沢を出そうとすると,クリア塗装を施した後に,塗装面にポリッシングという磨きを加える工程が必要だったためです。

 ポリッシングをするには,塗装を施す筐体に角が立つような凹凸があってはいけません。凹凸があると,凸の部分のクリア塗装が削られてなくなってしまいます。もともと凸部の塗装は薄く,かつ形状的に削られやすいためです。しかし,今回塗装を施したい筐体には凹凸がありました。筐体自体の強度を保つために,凹凸は必須だったためです。思惑が外れたため,材料を見直す必要が出ました。

 次に試したのが,治癒時間が数分という(2)の材料でした(図1,図2)。これでしたら,ポリッシング工程は必ずしも必要でありません。仮に,クリア塗装面に異物が混入するなど不良が発生した場合,不良塗装の個所を部分的に取り除いて,再度クリア塗装するというリコート工程を施すことが可能でした。この時点で,我々はリコート工程を重視していました。塗装不良をなくせるので,製品の歩留まりを高められると考えていたからです。

 しかし,結果的にはこの材料の採用をあきらめました。量産が始まるギリギリの段階まで調整していましたが,考えていたほど歩留まり向上の効果が高くなかったためです。それならば,瞬時に傷が治るという(3)の材料を使った方が消費者に対する製品の訴求力は強いと考え,(3)の採用に行き着きました。
 (3)の材料は,リコートに対応していません。一度塗装した表面上に再度この材料を塗布すると,材料をはじいてしまうために均一にリコートできないからです。ただし,クリア塗装の下地層になるカラー塗装面上であれば,(3)の材料は最も均一に塗ることが可能でした。試作を繰り返すごとにクリア塗装のノウハウを蓄積し,より均一に,かつ異物の混入がないようなクリア塗装を施せるようになったことも,(3)を採用する後押しになりました。

――開発から製造への移行は順調に進みましたか。

佐藤氏 いろいろと大変でした。まず,塗装を施す天板が手に入りにくい状況だったため,塗装の実験がなかなか前に進みませんでした。マグネシウム合金による天板を歩留まりよく鋳造すること自体が技術的に難しかったのです。加えて,クリア塗装がはがれるといった問題も出ました。

 塗装を依頼するベンダー探しにも苦労しました。2006年9月ころからマグネシウム合金の天板を成型するベンダー経由で塗装メーカーを探し始め,3社目でやっと良いところが見つかりました。塗装ベンダーによっては,塗装処理を施す工場内の大気中の微細なゴミの量に差があります。クリア塗装の場合,光沢に悪影響を与える微細なゴミを特に嫌います。最初に依頼した塗装ベンダーはこの微細なゴミの問題,つまりクリーン度が低かったために,候補から消えました。

 次にあたった塗装ベンダーはこの問題がなく,申し分なかったのですが,プラスチック筐体への塗装を得意としていたために候補から落ちました。塗装面を乾燥させるために熱処理を加えるのですが,マグネシウム合金上に塗装を施す場合には150℃程度に加熱する必要があります。一方,プラスチック上への塗装を乾燥させる場合には,70~80℃と低い温度にしています。この塗装ベンダーは,プラスチックへの塗装が中心だったために,150℃の熱処理を加えられる装置を持っていませんでした。熱処理装置は120℃程度までは上げられたので,80℃で1回熱処理を加えた後,120℃に温度を上げて2回目の熱処理を実行することで塗装面を乾燥させることも考えました。しかし,塗装の密着性が低く,かつ熱処理に時間がかかるので迅速に部品供給できるかどうかが問題となり,あきらめました。

 最終的に,3社目にあたった塗装ベンダーを選びました。ここにお願いしたのが,2006年10月末ころになります。金属筐体への塗装を得意としており,かつクリーン度の管理レベルも高い方でした。

――塗装面のはがれの問題はどのように解決したのでしょうか。

佐藤氏 クリア塗装の下地になるカラー塗装の材料を見直しました。当初は,カラー塗装は通常のものを使い,クリア塗装のみをスクラッチリペアのものにしようとしていたのですが,クリア塗装だけがはがれてしまいました。クリア塗装とカラー塗装の硬度が違いすぎていたためです。クリア塗装の硬度は2H,それに対してカラー塗装の硬度は4Hとあまりにも開きが大きかった。

 はがれの問題は,2社目の塗装ベンダーにお願いした試作品で発生したことで発覚しました。スクラッチリペアの場合,クリア塗装の表面を傷付けるほどの応力が加わると,クリア塗装の分子構造が横方向に伸びて,応力を受け止めます。当初のカラー塗装は硬いために分子構造の柔軟性が乏しく,上層のクリア塗装の分子だけが横ずれすることになり,結果として塗装の界面ではがれてしまいました。この問題をクリアするため,カラー塗装の材料を見直し,硬度がクリア塗装と同じ2Hのものに切り替えました。

――スクラッチリペアに対する消費者の反応が高いので,他社が追随してくる可能性もあるのではないでしょうか。

佐藤氏 その可能性はあるでしょう。当社が使っている塗料を利用すれば,他社でも当社のマネはできるでしょう。ただし,塗料はカスタム品なので,他社は入手できません。また,作り込みに際し,我々が実現までに1年以上費やしたような経験を積まねばならないでしょう。

――今後,スクラッチリペアをどのように発展させる予定ですか。

佐藤氏 個人的な意見なのですが,いったんはあきらめたポリッシング可能なクリア塗装に再度挑戦したいと考えています。今回のスクラッチリペアは,高付加価値路線を追求した国内開発モデルに採用しています。今後,一般的なノート・パソコンにスクラッチリペアを使うとなると,海外に生産委託してもきれいなクリア塗装を得られる,また歩留まりも高められる,ということを念頭に置かねばなりません。そうなると,ポリッシングによる仕上げやリコートによる不良品の再生は必須になるでしょう。今回は2Hだった硬度を,もっと高くすることになるかもしれませんね。