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 理化学研究所(理研)は,強力な超短パルス・レーザを気体の原子や分子に集光することで引き起こされる瞬間的な電子の運動を観測することに成功した(発表資料)。今回観測した電子の運動時間は,690アト秒(as:10-18=100京分の1秒)で,これまでに観測された原子や電子の運動時間として,世界最短という。さらに,asパルス光の発生に要求されるコヒーレント制御(位相を揃える)技術を開発し,世界で初めて実証に成功したとしている。可視レーザ光をより短い波長のレーザ光に変換する技術として最も有効と思われる高次高調波発生に,新しい手法を導入したことによる。可視光の周期にほぼ等しい1フェムト秒(fs:10-15=1000兆分の1秒)の壁を越え,化学反応や分子振動よりも速いasレベルで動く電子の動きを捉えることや,時間分解能がasレベルの制御に道を開く。

 理研では新たに,媒質を,アルゴン(Ar)や窒素(N)などの純粋な原子や分子に代え,混合ガスとした。その結果,「高次高調波の破壊的干渉」と呼ぶ現象を発見した。
 ヘリウム(He)原子とネオン(Ne)原子を特定の比率で混合し圧力を制御した上で強力な超短パルス・レーザ光を照射すると,He原子中とNe原子中に束縛されていた2個の電子がほぼ同時に原子外へ出る。これらはレーザ電場中で駆動され,高い運動エネルギーを得た後,親イオンと再結合する。その際に,イオン化ポテンシャル分かさ上げされた運動エネルギーに相当する高次高調波パルスを発生するが,そのスペクトル上に明らかな干渉構造を形成することが分かった。

 この現象は,2個の電子がわずかに違う軌道を走ることで,それぞれが親イオンに戻った時に発生する高次高調波の位相がずれ干渉し合うことによるものと考えられる。He,Neおよびこれらの混合ガスを使用して得た高次高調波スペクトル(図1)を見ると,29次近傍の高調波は弱め合い,51次近傍の高調波は強め合っていることが分かる。特に,29次高調波などは強度をほぼ0に近く抑制されている。この破壊的干渉は,電子が運動した軌道のズレにより,高調波がほぼ180度の位相差で発生したことを示している。量子力学によれば,高調波の位相は,電子の運動時間と媒質のイオン化ポテンシャルの差に比例するとされており,29次高調波を発生させる電子の運動時間は,図2の右軸に示すように,観測史上最も速い690asと結論できる。同様に各次数の高調波を発生した電子の運動時間も求められる。HeやNeなど希ガス原子のほか,N2や酸素(O2)などの簡単な分子にレーザ光を照射して電子を原子外で運動させた場合,電子の運動時間は理論的に500~1600asと予測される。

 また,この現象は,高次高調波パルス(asパルス列)スペクトルのコヒーレント制御に利用できる。混合ガスの粒子密度,混合比,媒質長などの制御によるので,汎用性が高まる。純粋な媒質では1個の電子しか運動せず干渉が起こらないため,高次高調波を制御するには照射するレーザ光を制御するしかなかった。これに対し,レーザー光強度の揺らぎなど不確定要素を排除できる。例えば,29次高調波を発生させたくなければ,HeとNeのようにイオン化ポテンシャルの差が3eV程度のガスを組み合わせればよい。

 この手法を応用して,asレベルの精度で,原子中だけでなく分子中の電子や原子核の運動を観測したり,原子や分子を制御できるようになると,理研では期待する。「物質の性質を決める最も基本的な粒子と目される電子の高速運動に,新しい科学の扉を開く鍵があるかもしれない」としている。この研究は,理研 中央研究所 緑川レーザー物理光学研究室 基礎科学特別研究員の金井恒人氏と同 主任研究員の緑川克美氏らのグループによるもの。この成果は,米国The American Physical Society(APS)発行の科学雑誌「Physical Review Letters」2007年4月3日号に掲載される予定。

図1:He,Neおよびこれらの混合ガスで得た高次高調波のスペクトル(出所:理研)
図1:He,Neおよびこれらの混合ガスで得た高次高調波のスペクトル(出所:理研)
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図2:各次数の高次高調波の位相差とその発生に寄与する電子の運動時間(出所:理研)
図2:各次数の高次高調波の位相差とその発生に寄与する電子の運動時間(出所:理研)
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