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 パソコン業界の巨頭である米インテル社がビジネス・モデルの変革を迫られている。これまでのパソコン業界は,「同じ価格を維持しながら性能を高める」ことで,新規需要を開拓すると同時に,リプレース需要を喚起してきた。ところが最近になって,こうした論理が破綻を来たし始めた。消費者が「高性能」よりも「低価格」を重視する傾向が強まっている。たとえば,日本電子工業新興会の調べによると,1998年10月~12月にパソコン・メーカが出荷したデスクトップ機の平均単価は20万円と,前年同期から3万5000円も下がった。米国でも,互換チップを採用した1000ドル・パソコンの市場が一気に立上がっている。

性能に対する枯渇感が消える

 パソコンの平均単価が急落している背景にあるのは,パソコンの性能に対する枯渇感が消えはじめたことがある。いまの1000ドル・パソコンに使われているマイクロプロセサの動作周波数は300MHzを超える。DVDタイトルをソフトウエアで再生することもできる性能を備える。ワープロや表計算,電子メールの送受信,インターネット・アクセスといった日常的なアプリケーション・ソフトウエアを処理するうえで,低価格なパソコンでも高性能なパソコンと体感速度がほとんど変わらないところまで技術が進歩した。性能向上だけでは,パソコン市場を牽引できなくなってきたわけだ。

低価格化に歯止め

 低価格化がこのまま進むと,インテル社の状況は苦しくなる。マイクロプロセサの利益率が大幅に下がるうえ,互換チップ・メーカの台頭も容認し続けることになる。同社の業績が悪化する前に,こうした傾向になんとか歯止めをかけたいところだ。 そのインテル社が,性能依存体質からの脱皮をねらって1999年3月2に日本でも出荷を始めた次世代マイクロプロセサが「Pentium ?(開発コード名はKatmai)」である。

電子商取引(EC)に向けて,セキュリティ機能を組み込む

 PentiumIIIは,当然のことながらPentiumIIの性能を上回る。動作周波数は500MHz以上と高い。3次元グラフィックス命令やメモリ・ストリーム命令を備え,一部のアプリケーションには効果を発揮しそうだ。ところが,こうした高性能の工夫以外に注目されるのが,電子商取引(EC)を意識した機能を盛り込んでいる点である。PentiumIIIおよびそれ以降のマイクロプロセサには,それぞれ固有のシリアル番号を付与する。さらに同社は,暗号化回路や暗号鍵データも周辺チップ・セットに組み込むことを計画している。これらのセキュリティ機能をハードウエアで実現することにより,ECを行なう際の認証の安全性を高める。

固有のシリアル番号を添付

 パソコンに固有のシリアル番号が付くことで,商品の送り手にとっては受け手が利用したパソコンを特定できるというメリットが生まれる。この技術はディジタル・コンテンツを電子商取引する場合に,特に効果がありそうだ。たとえば,不正な注文を受けたとしても,指定されたシリアル番号のパソコン以外では暗号を解読できないような仕組みを作り込める。これは,クレジット・カードで物品を郵送する場合のセキュリティの仕組みと似ている。米国ではクレジット・カードの番号さえあれば,いまでも簡単に商品を購入できる。このとき,基本的にはクレジット・カードに登録された住所宛てに商品が発想される。つまり,他人のクレジット・カードを利用しても,自分宛てに商品を送ることができない。インテル社がマイクロプロセサにシリアル番号を付ければ,パソコンにも住所が割り当てられたのと同じことで,既存のクレジット・カードと同じ理屈でセキュリティを高められるというわけだ。

いずれはCeleronにも

 おそらくインテル社は,セキュリティの重要性を世の中に訴えることで,パソコンの買い変え需要の促進を図る。まずはPentiumIIIに,こうしたセキュリティ機能を組み込んだが,1年~2年の間には家庭向けパソコンに使うマイクロプロセサ「Celeron」にも同じ技術を採用することになろう。こうしたハードウエアの機能がパソコンに欠かせないという風潮を世の中に認知させることができれば,インテル社は性能以外の面で,マイクロプロセサに付加価値を付けることに成功したといえる。

 インテル社のこの動きに,世の中の反応はさまざまだ。プライバシ保護団体は,「個人情報を流通させる恐れがある」として,PentiumIII搭載パソコンの購入を消費者にボイコットさせようと動き始めた。一方でビジネス業界からは,「プライバシ保護」よりも「顧客情報の追跡・蓄積を重視」という声も上がっている(米国の専門誌「CIO Magazine」が米国企業の役員200人を対象にした調査による)。性能向上を頼りに市場を拡大してきたインテル社が,PetniumIIIで新たな方向を見出せるかは,こうしたECをめぐる世論を見方に付けられるかにかかっているといえそうだ。



本記事は,日経マーケット・アクセス レポートの1999年3月号に掲載されたものを転載しました。日経マーケット・アクセスの問い合わせ先は,http://www.nikkeibp.co.jp/MA/