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前回までのあらすじ
携帯型音楽プレーヤーの市場調査を任された二人は,Apple社のさまざまな部署の力を借りて製品のビジョンを描き出した。 ひと言で言えば,ポケットにスッポリ収まる大きさに,ユーザーのすべての音楽コレクションを記録できる製品である。Apple社のトップが顔を揃えた会議で,彼らの提案は承認された。(以下の本文は,『日経エレクトロニクス』,2004年6月7日号,pp.155-158から転載しました。メーカー名,肩書,企業名などは当時のものです)

 2001年春のシリコンバレーはどん底だった。2001年3月12日付のNASDAQ総合株価指数は1923。ほんの1年前に記録した過去最高の 5048と比べ,実に61.9%も下落した。いわゆるITバブルの崩壊である。インターネットが見せたニュー・エコノミーの夢は,シャボン玉のようにはじけて消えた。昨日までの花形企業をレイオフが席巻し,閉ざしたドアが二度と開かないオフィスもあった。

The Impossible Dream

 米Apple Computer,Inc.が,携帯型デジタル音楽プレーヤの開発を決めたのは,そんな最悪の時期だった。自社の屋台骨が揺らごうかという時に,全く経験のない分野に,相当な量の経営資源を割こうというのだ。わずか2人の社員が,2カ月間市場を調べただけで。

 Apple社のギャンブルは,それだけではなかった。同じ年のクリスマスに商品を出荷するという。2人が調査を始めてから数えても,9カ月余りである。電子機器の分解調査を手掛け,「iPod」を解体したこともある米Portelligent,Inc.のCEO,Dave Careyは,感心したそぶりでこう評した。「9カ月とは,随分アグレッシブなスケジュールだね」。

 Apple社としては,クリスマス・シーズンを逃すわけにはいかなかった。同社の調べによれば,デジタル音楽プレーヤの売れ行きは12月をピークに急峻な山を描く。あたかも,北米中部の大平原がロッキー山脈にぶつかって,いきなり隆起するように。

 果たしてこれをなし得るのか,Apple社の中でも確信はなかったという。iPodのプロジェクトを統括し,現在はVice President of Hardware Product MarketingのGreg Joswiak—通称Joz—は,当時の胸の内を明かす。「もちろんクリスマスに間に合えば最高だ。でも,本当にできるのか,正直言って分からなかった。自分は不可能なことを要求しているんじゃないかと思った」。