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 運輸省と日本航空,全日本空輸,日本エアシステムの国内航空大手3社は99年9月13日の深夜から翌日未明にかけて,管制システム全般に関する西暦 2000年問題対応テスト(デモンストレーション・フライト)を共同で実施した。管制側および航空機側システムの時計を「1999年12月31日」に設定,日本航空,全日本空輸,日本エアシステムの各社が大型旅客機を実際に飛ばして対策が万全であることを実証する大規模なデモンストレーションである。

 各機には川崎二郎・運輸相をはじめ運輸省および政府の幹部,兼子勲・日本航空社長など航空各社代表が分乗し,航空機運行関連の2000年問題対策が"完璧"であることを強調した。フライトはなんの支障も発生せず,14日午前1時前に無事終了した。フライト後の記者会見で川崎運輸相は「今回のデモフライトで,少なくとも国内航空システムに関する2000年問題対策は,ほぼ完全であることが証明できたと考えている」と述べた。

 これまで航空各社や運輸省は,情報システムに関する2000年問題対策をそれぞれ進めていた。13日に実施したデモは、その集大成であり国内に関しては最終確認となるものだ。デモは,13日23時30分過ぎに各機が東京・羽田空港を離陸,守谷(茨城県)-那須(栃木県)-山形-仙台-大子(茨城県)-阿見(同)-木更津(千葉県)を経由し,午前1時前に羽田へ着陸するというスケジュール。この間,管制側/航空機側両者システムの日時を12月31日(世界標準時)に設定してのフライトとした。

 つまり現実の日本時間で13日から14日に切り替わる時,フライトでは擬似的に99年と2000年をまたぐように設定したのである。この時刻設定,地上 /機体側ともにすべて世界標準時(グリニッジ時)の「12月31日」とした。年をまたぐだけでなく,国際線の運行もシミュレートしたためだ。時刻だけでなく,地上側システムに供給する電源系統に異常が発生したことを想定し,通常電源を切った上でバックアップ電源を作動させるテストも合わせて実施した。

 各社が揃えた機材は,日航がB-747-400,全日空がエアバス A320,日本エアシステムが同A300-600R。パイロットはいずれも「各種試験飛行が可能な,超ベテラン」(日航広報部)を揃え,万全を期したという。
 デモの詳細は以下のとおり。

 まず管制施設に関しては,(1)2000年1月1日以降においても,管制情報処理システムが適切に機能し,航空管制に必要な情報が処理できる(2)同じく,対空通信が適切に処理できる(3)商用電源が途絶しても,航空施設が停止しない(4)同じく航行援助施設が適切に機能する--の4点。

 一方の航空機側は,(1)2000年1月1日以降も飛行管理システム(FMC:フライト・マネジメント・コンピュータ/FMGC:フライト・マネジメント・ガイダンス・コンピュータ)が正常に稼働する(2)同じく音声による空-地通信が正常に実行できること(3)同じく空-地のデータ通信が正常に実行できること--の3点。

 記者が搭乗した日航機(運輸相搭乗機)では,午前0時前から兼子・日航社長が機内モニターに映し出された"時計"を横に「絶対安全である」と,記者団に対して繰り返しアピール。0時過ぎからは機長が各種チェックの終了後に,刻々と結果を報告するなど,安全性を強調した。

 フライト終了後の記者会見で川崎運輸相および各社代表は,2000年問題に対する国内航空運行に関し,実質上の"安全宣言"を出した。加えて川崎運輸相は「国内だけでなく,国際間の安全運行に関しても,引き続き各国と情報交換をする。そして安全確認が取れたケースについては,積極的に情報公開し,航空機運航にまつわる2000年問題に対する国民の不安を取り除く努力を続ける」とした。

 さらに「安全であると確認できなかった国に関しても,きちんと情報を開示する。2000年問題に対応していない国,あるいは航空会社に対しては,日本における離着陸など受け入れを拒むことも視野に入れている」と加えた。(田中  一実=ニュース編集部)