ユーザーのコンテクスト(context=状況)を想定する,「コンテクスト・アーウェア(以下コンテクストで表記)」と呼ぶコンピューティング手法を利用するアプリの製品化動向が注目を集めている。位置情報を利用する「location based services(LBS)」と呼ばれるソフトウエア・アプリケーションの急速な普及が,大きなきっかけになっている(関連動向は,日経エレクトロニクスの2011年3月7日号特集(「決め手は位置情報」を参照)。
コンピューター・サイエンスの研究者の間では,コンテクストに関する技術は15年間以上も研究されてきた。ところが,2010年にコンテクストを利用するLBS関連のアプリが多数登場したことで,にわかに関心が高まっている。市場調査企業米Gartner,Inc.の調査では,コンテクストは2011年における戦略的な技術のトップ10の一つに挙げられている(発表資料)。
Apple社がアプリ開発会社を買収
コンテクスト関連技術の基本は,端末側でユーザーの現在地や行動に関する情報を取得し,ユーザーの状況を分析する。
こうした製品の一例が,米Siri, Inc.のiPhone向けアプリ「Siri」(SiriのWebサイト)である。これは米SRI International社の技術を使って開発した,行動支援アプリである。具体的には,ユーザーの現在位置や行動履歴などの情報を元に,役立つ情報を提供する。例えば「近所にある美味しいすし屋はどこか」,「この近辺にあるジャズ・ライブ・ハウスで演奏するバンド名は何だ」といった自然言語による質問に回答する。答えの精度は,ユーザーの利用時間が長くなるほど,高まる。
2010年4月,米Apple Inc.はSiri社を買収することを明らかにした。2010年9月に,携帯電話機メーカーの米Motorola Mobility, Inc.も,コンテクストを利用するLBSアプリを手掛ける,ドイツAloqa GmbHを買収することを発表した(発表資料)。
コンテクスト情報の処理に「Atom」を最適化
米Intel Corp.は,2010年9月にコンテクスト専用のソフトウエアやWebサービス技術を開発したと発表している(Tech-On!関連記事)。この技術の可能性を示すために,同社は旅行案内を手掛ける米Fodor’s Travel社と共に,マイクロプロセサ「Atom」を搭載する携帯端末上で動作する旅行案内の試作アプリを開発した。このアプリは,旅行先でユーザーのいる場所に近いレストランを推薦するなどの機能を持つ。レストランを推薦する機能のために,アプリはユーザーが以前に訪問したレストランの履歴情報やレストランの評価などの情報を利用する。
Intel社でこの技術を手掛けた,Interaction and Exchange,Senior Staff ResearcherのLama Nachman氏は,「GPSなどセンサ技術の普及によって,コンテクスト情報を利用するLBSに注目が集まっている。加速度センサなども端末に搭載されれば,ユーザーが歩いている,もしくは時速100kmで移動していることなども分かる」(同氏)という。
Intel社は,消費電力を低く保ちながらこうしたコンテクスト情報の分析ができるようにAtomに手を加えたとする。「低消費電力の回路は連続的に動作させ,センサからイベントが発生するとより処理能力が高いマイクロプロセサのコアが起動して情報を処理する」(Nachman氏)。2010年9月に公開したソフトウエアは、こうしたセンサ・データを元に,インターネットなどの情報を加えてコンテクスト情報を分析する,端末向けのアルゴリズムを実行可能なミドルウエアを含む。
位置情報でユーザーの意図を想定
米Palo Alto Research Center Inc.(PARC社)は,長い期間,コンテクストに関する研究を手掛けている。同社は,大日本印刷と共同で開発した,iPhone向けアプリ「マチレコ」を2010年6月に公開した(発表資料)。このアプリは,ユーザーの現在地や時間を考慮し、ユーザーの嗜好に合った店舗を推薦する。PARC社,Principal ScientistのBo Begole氏は,コンテクストの分析によってユーザーの意図を想定することに重要な意味があるという。例えば、洋服店やレストランの前にユーザーが立っている場合,「位置情報があればユーザーの意図を想定して豊富なデータを取得ができる」(同氏)。